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【アオアシ】作中に内田篤人選手が登場?いつ?どんな場面で?

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「先駆者」とは、他人より先んじて行動して、ある分野の道を拓くことする人のことです。

迷わず行けよ、行けばわかるさ。

まさに勇気あるファーストペンギンともいえます。

『アオアシ』は、主人公の青井葦人がサイドバック(SB)から世界を目指すサッカーマンガです。

点を取るFWにパスを供給する印象が強いSBですが、現実世界においてSBのポジションで欧州を席巻した日本人選手が確かに存在しました。

2010年代にドイツ・ブンデスリーガでプレーした内田篤人選手です。

ここからは、欧州のサッカー市場において、日本人選手への評価を変えた先駆者の紹介が始まります。

 

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【アオアシ】内田篤人選手とは?

名前は、内田 篤人(うちだ あつと)

1988年生まれの静岡県出身です。

清水東卒業後、2006〜2010年は鹿島アントラーズに在籍しました

入団してルーキーイヤーの1年目から大活躍をします。

スタメン出場をはじめ、チーム最年少初得点。

オールスター戦には最多得票を獲得して史上最年少選手で選出されました

後に鹿島不動のSB名良橋選手から後継者として背番号“2”を引き継ぎます。

鹿島がJリーグで三連覇を達成した後、内田選手は活躍の場を海外に移します。

それがドイツのFCシャルケ04でした(2010〜2017年)。

内田選手のサッカー人生のピークといえば、やはり欧州チャンピオンリーグ(CL)でしょう。

CLベスト4に進出した日本人選手として、今なお輝かしい実績を残します。

当時インテル所属の長友選手が内田選手とSBでガチバトルする試合を観て、ついに日本サッカーもここまで来たかと胸が熱くなりました。

その長友選手とは、ザッケローニ監督の下で日本代表の両SBを形成しました。

内田選手はブンデスリーガで二度ベストイレブンに選出されますが、その一方でケガには常に泣かされてきました。

2014-2015シーズンでは右膝を故障して、手術とリハビリで長期離脱を余儀なくされたのです。

現役時代のラスト3年は古巣の鹿島に復帰。

2020年に惜しまれつつ引退となりました

現在は主にタレント業として活躍

スポーツコーナーのキャスターをはじめ、政府広報のワクチン接種のCMにも出演していました。

TBS系『炎の体育会TV』では、20枚の動くキックターゲットの考案をしています。

最後は余談となりますが、絶頂期の内田選手がどのくらい凄かったを示すエピソードを紹介しましょう。

時は西暦2014年。

イケメンの内田選手に目を付けたのが、あの女性週刊誌「anan」でした。

しかもお題は上半身のヌード!

鍛えられたアスリートの肉体美として表紙も飾りました(2014年10月1日号)。

もちろんサッカーに関するインタビューも掲載していたはずですが、そっちの印象が強過ぎて内容は正直覚えていません。

マガジンハウスさん攻めすぎですWWW~

 

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【アオアシ】福田監督が内田篤人選手をかく語りける!

https://twitter.com/aoashi_pr/statuses/1583110805570068480

内田選手を“日本史上最高のSB”と賛辞する福田監督。

その理由は日本人として思考するSBの先駆者だったからです。

卓越した視野と思考力でフィジカル面を補い、一時期は世界の右SBでトップ5に入っていたと評価するほどです。

しかもJリーグが欧州にさほど注目されていない時期の出来事です。

福田は大したものだと感心するばかりです。

サイドに身を投じたからこそ、スペシャリスト足り得た内田選手。

広いピッチを上下に動く運動量。

シャルケのチームメイトから絶大な信頼を得て、右サイドから司令塔として味方を動かしてきました。

事実、チームでは毎試合一番パスを受けてゲームメイクの役割を十分に果たすなど、安定した試合運びは首脳陣からも高い評価を得たようです

この活躍を目の当たりにして、欧州がJリーグに関心を持ち始めたのは言わずもがな。

内田選手は右サイドから駆け上がり、日本人のために欧州市場の扉を切り拓いたともいるでしょう。

しかしながら、その代償は右膝のケガという大き過ぎるものでした

英雄の中の英雄だと福田が語るのも納得です。

この辺りは、アシトがSBに転向した理由も含めて、単行本5巻46話、7巻63話、27巻274話をひとまとめで読むことをおススメします

 

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【アオアシ】内田篤人選手とアシトがSBである理由とは?

内田選手のプレーヤーとしての素晴らしさは前述のとおりです。

ならばサイドではなく中央の方が良いのでは?

伊達がそう考えてもおかしくありません。

ポジションでいえばボランチですね。

しかし福田の意見は違い、それではダメだと断言します。

かつて内田選手が高校生にボランチで相手をした時のエピソードです。

ボールが全く足に付かず高校生に通用しませんでした。

CLで魅せた足下の技術をはじめ、思考力や走力は関係ありません。

サイドと中盤では同じDFでありながら、概念の異なるポジションだったのです。

シャルケ時代には完全な司令塔として機能していた内田選手。

360度全方位の視野を確保しながら、敵にボールを奪われずに君臨することは無理がありそうです。

ではアシトの場合はどうでしょうか?

アシトは基本も技術もない、荒くれ者のプレーをする選手でした。

視野が良いアシトを中盤に配置したら、周囲とのレベルの違いを知り絶望したでしょう。

内田選手とアシトはSBに位置することが、個々の能力を最大限に活かせるポジションだったのです。

SBは片方のサイドと後ろに敵が存在しないため、注意すべきエリアが絞られます。

特にアシトに関しては一番後方から戦況を見渡すことで、視野が武器であることを福田は感じ取って欲しかったようです

そして、最後はネタ枠というか考察として。

内田“アツト”と青井“アシト”。

もしかして内田選手の名前が似ているから、制作サイドはアシトを同じSBにしたのでは?

 

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【アオアシ】内田篤人選手は『アオアシ』をかく語りけり!

それでは、内田選手は『アオアシ』を読んでどのような印象を持ったでしょうか?

2018年2月22日のことです。

時期としては単行本12巻の発売日と同日になります。

海外のサッカー専門誌「footballista」が『アオアシ』とコラボを組んだのです。

コラボのきっかけが、日本ではなく海外というのがまたスゴイ。

増刊号としてのタイトルは「アオアシ×footballista special magagine」

表紙の見出しもズバリ“サイドバックの時代が来る”でした。

作者の小林先生や村井Jリーグチェアマン(当時)をはじめ、内田選手のインタビューも掲載されていました。

身体的に特別なものが何かあるわけではないアシト。

しかし目の良さに内田選手は注目をしていました

俯瞰の重要さを知る司令塔ならではの意見ですね。

また、主人公のポジションをSBに選んだことは、素晴らしいとコメントしています

サッカー漫画『アオアシ』&専門誌『footballista』コラボ増刊号発売 内田篤人がサイドバック論語る | ORICON NEWS

 

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【アオアシ】作中では他にも実在の選手が登場する!?

https://twitter.com/aoashi_pr/statuses/1536000675871879168

スポーツマンガにあるあるの「まるで○○選手みたいだ!」ですね。

まずはエスペリオンを代表する狂犬キャラの阿久津から。

DFでありながらFWも務める姿を見て、まるで田中 マルクス闘莉王選手だと驚きます。

まだまだ続きます。

クリスティアーノ・ロナウド、ルカ・モドリッチ、カルロス・テべス、そしてズラタン・イブラヒモビッチ

アル中にドラッグ、スラムにそして戦争です。

世界的プレーヤーが過ごした幼少時代の劣悪な環境と阿久津の境遇を重ねます。

重過ぎです~。

“Mr.エスペリオン”こと司馬の場合は、中村憲剛選手、遠藤保仁選手と同列の扱いです。

海外に移籍する実力がありながら、国内に留まりJリーグのレベルを底上げした選手として紹介されました。

最後は“バルサの心臓”ことシャビ・アロンソ選手です。

視野の広さを持つ選手として、たびたび引き合いに出されています。

青森星蘭の北野が、シャビよりも自分の方が記憶力は良いと自慢していました。

 

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まとめ

FW出身のアシトが内田選手と同じくSBに転向して活躍するシチュエーション

もしかして通なサッカーファンは「内田篤人物語」が連載開始した?と勘違いしたかもしれません(少し大げさかな)。

アニメは好評のうちに武蔵野戦まで原作を消化しました。

セカンドシーズン以降に内田選手のエピソードがあれば、その時は声優として本人役を演じて欲しいところです。

 

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