【キングダム】先に出世するのは誰!?王賁・信・蒙恬の大将軍候補3人!武力や知力を徹底比較!

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飛信隊 、楽華隊 蒙恬、玉鳳隊 王賁、常にお互いに意識しあい、同じように出世していっている三人。

今後の秦を担う若き将軍候補達ですが、先に将軍へ昇格するのは誰なのか。

はたまた三人同時に昇格するのか、今までの活躍、実力を徹底比較してみました。

 

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【キングダム】朱海平原の戦いで活躍中の3人

趙第二の都市、鄴を攻めた秦。

その中でも最激戦区となった朱海平原の戦い

左軍に蒙恬、右軍に王賁と亜光、中央に王翦、麻鉱、そして信も中央に配置されました。

まず戦局が動いたのは左軍蒙恬でした。

趙右軍紀彗が蒙恬の楽華隊を潰しにかかります。

しかし、蒙恬の策により紀彗軍は翻弄されてしまい、紀彗は右軍全軍をもって楽華隊を滅しにかかります。

紀彗軍の全てが楽華隊に気を取られたその時、中央から突如麻鉱軍が急襲し波状攻撃を仕掛けたのです。

この波状攻撃は五千ずつの四波からなるものでした。

突然の急襲に趙兵には五千が倍以上の兵力にも感じられ、士気を失い、大勢は決したかと思われた程でした。

この策の成否は蒙恬の陽動が上手くいくかどうかにかかっていましたが、蒙恬はそれを見事にやってのけたのです。

しかし、紀彗の檄と李牧自らの別働隊が麻鉱の首を取り、麻鉱軍は逆に窮地に陥ります。

軍の崩壊点は過ぎたかに思われ、麻鉱軍はこのまま壊滅するかと思われましたが、ここで蒙恬が麻鉱軍と別働隊として加わってきた飛信隊を含めた左軍全体の指揮を取り始めます

蒙恬の神算鬼謀ともいえる策により、麻鉱軍の左半身は生き残り、その後も戦う戦力を残すことに成功したのです。

そして王翦総大将の指示により、蒙恬はこの戦いの最中に限り、将軍に格上げされ、この後も秦左軍の指示を取ることになるのです。

二日目の主役は王賁でした。

序盤からいきなり秦右軍は劣勢に立たされます。

亜光軍の方へ向かっていた趙峩龍軍が突如方向転換し、岳嬰軍と正面からぶつかっていた玉鳳隊に横から襲いかかったのです。

これにより玉鳳隊は岳嬰軍と趙峩龍軍に挟撃される形となり絶体絶命の状態になります。

しかし、ここで王賁に「大将軍が見てる景色」が見えるのです!

かつての六将や三大天などの大将軍は自分が戦いの中心にいてその戦いは全部自分がぶん回す!という自分勝手な景色を見ていたのです。

そんな景色が見えた王賁、隊を二つに分け、本体は敵のいない方へ退却し、王賁率いる別部隊七百騎は一路敵陣を突っ切ります。

そのまま敵陣の裏を駆け抜け、誰もが想像し得なかった場所を目指します。

王賁が目指していたのはなんと最初の場所から対角線上、馬南慈軍の横陣の弱点、左端だったのです。

敵のみならず味方でさえ驚愕する中、亜光は王賁の策に応じ、共に馬南慈軍を挟撃し大打撃を与えるのです。

王賁の活躍により二日目は秦軍の圧勝で終えるのです。

そして三日目、ようやく信に出番が回ってきます

前日に馬南慈軍の大半を失った趙軍でしたが、三日目に尭雲軍一万が援軍として到着します。

尭雲、岳嬰、趙峩龍の三軍から攻撃された亜光軍は窮地に立たされます。

それを見た王賁は亜光軍を救出に向かいますが、これこそ罠でそこは用意された狩場だったのです。

間一髪で王賁は包囲から抜け出しますが、長年の副将番陽が落馬し討ち取られそうになったその時、信が現れ番陽を救います

そして飛信隊、羌瘣隊合わせて八千が到着し、本能型の尭雲に対して分が悪い河了貂に代って本能型の信が指揮を取り、本能型対本能型の戦いになるのです。

尭雲の歴戦の経験値に劣る信はなんとか食らいつき、火の起こしどころを読み、更にはその隙を狙った尭雲の本陣奇襲を読みます。

火がついたのは渕さんの持ち場で、尭雲軍、飛信隊とほぼ全軍が集まり、大乱戦となり一気に大炎上します。

兵力に劣る飛信隊は徐々に劣勢に立たされますが、ここの指揮を任された羌瘣はこの乱戦の中、策を用いて互角の戦いに持ち込みます。

一方の信も尭雲との一騎打ちになり、何度も劣勢に立たされますが、決して倒れず、逆に尭雲に疲れが見えはじめます。

そして陽が暮れ始め、大炎場所、一騎打ちとこの日は決着がつく事なく、お互いに退く事になるのです。

そして朱海平原の戦い九日目の戦いでなんと亜光が討たれ、意識不明の重体となってしまいます。

総大将不在となった右軍、飛信隊と玉鳳隊はそれぞれの隊長、信と王賁の檄により士気が大爆発を起こし、覚醒するのです。

覚醒した飛信隊と玉鳳隊はそれまで膠着状態だった前線を一気に押し上げる事に成功します。

しかし、十三日目王賁が討たれてしまい、秦右軍は信を総大将として戦う事になるのです!

信、王賁、蒙恬とそれぞれが大活躍をし、いよいよ佳境に入ってきた朱海平原の戦い。

今後の三人の活躍に期待が高まると共に、いよいよ将軍という位が近づいてきている感があり、論功行賞が楽しみになってきてしまいますね!

 

【キングダム】信のプロフィール

元々は戦争孤児で下僕の身でした。

その時一緒に暮らしていた漂と共に天下の大将軍になるという下僕らしからぬ大望を持っていました。

漂が秦王嬴政に瓜二つだった為、秦王の影武者として王宮に呼ばれますが、王弟の反乱に巻き込まれ漂は命を落とします

漂から秦王を助けるよう頼まれた信は次々と追っ手を倒し、王弟成蟜を秦王嬴政と共に倒します

初陣は蛇甘平原の戦いですが、ここで一兵卒ながら獅子奮迅の活躍をし、一気に百人将にまで上りつめます

その後、趙軍との戦いにおいて王騎将軍に飛信隊の名前をもらい、趙将馮忌を打ち取ります。

そしてこの戦いで死亡した王騎より、矛を託されます。

王騎が死亡し一年が過ぎた頃、信は三百人将となっており魏の山陽攻略戦に参戦します。

山陽戦では敵の将軍、輪虎によって千人将が次々と暗殺されていき、信は王賁や蒙恬と共に、この戦い限定ではありますが、千人将へ格上げされます。

そしてこの戦いで敵将輪虎を打ち取り、正式に千人将へ昇格するのです。

千人将昇格後、河了貂が軍師として飛信隊に入隊し、飛信隊は更に成長します。

紀元前241年合従軍との戦いにおいて、信は趙将軍万極を打ち取り、李牧が南道ルートを通って咸陽へ迫った際、麃公将軍と共にこれを追い、蕞にて李牧軍を撃退し、最後は龐煖と一騎打ちとなり、討ち取る事は出来ませんでしたが、深手を負わせ退却させます。

この戦いにより信は三千人将へと昇格します。

紀元前239年呂不韋の策略により、屯留にて王弟成蟜とその妻瑠衣が屯留城主代行の蒲鶮に捉えられ、反乱の首謀者に仕立て上げられてしまいます。

この策略に気づいた政は飛信隊に成蟜を救うよう依頼します。

この戦いで結局成蟜は死亡してしまい救う事は出来ませんでしたが、飛信隊の功績は大きく、信はこの後4千人将へと昇格します。

そしてこの年、魏の著雍攻略の為、騰を総大将に飛信隊と玉鳳隊も援軍として呼ばれ、魏の呉鳳明や魏火龍七師の生き残りの霊凰、紫伯、凱孟の三将と戦うことになります。

呉鳳明の布陣は一見隙の無いように見えましたが王賁が僅かな弱点を見つけます。

遮蔽物によって伝達が遅れ、援軍が来にくい場所が三点あり、そこを飛信隊と玉鳳隊、それに騰軍の録嗚未隊の三隊で同時攻撃するというものでした。

この作戦が上手くいき三隊とも魏軍を打ち破り本陣に迫ります。

羌瘣が本陣に単身切り込み、呉鳳明を討ち取りますが、これは呉鳳明の影武者で本人は既に脱出しており、霊凰と共に騰のいる本陣急襲に向かっていました。

二人に気づいた信は追いかけ、霊凰を討ち取りますが呉鳳明には逃げられてしまいます。

しかし、凱孟を退け、霊凰を討つなど多大な武功を上げた信はこの戦いで五千人将へ昇格するのです。

翌年、黒羊丘の戦いにおいて趙軍総大将 慶舎を討ちますが、この時の秦軍総大将 桓騎の一般人に対する所業に我慢できず、桓騎兵を斬ってしまい、味方殺しの罰で慶舎討伐の武功は相殺されて将軍昇格とは成りませんでした

そして今現在行われている鄴攻めにおいても岳嬰を討ち、右軍総大将となり趙左軍に総攻撃を仕掛けています。

この後、鄴攻めの展開も気になりますが、信がいよいよ将軍になるのか!?これも大いに気になるところですね。

 

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【キングダム】蒙恬のプロフィール

蒙恬の父親は蒙武で祖父は蒙驁といずれも将軍の家系です。

既に千人将の地位にいながら、祖父の蒙驁より修行の為と三百人将として活動を強いられていたのです。

剣技もさることながら蒙恬の一番の特徴はその感の鋭さにあります。

知力に長け一流の軍師としての才能もあり、昌平君や王翦からも一目置かれる武将なのです。

祖父である蒙驁が総大将を努めた魏の山陽攻略の戦いにおいて、趙将輪虎によって多数の千人将が暗殺されてしまい、信や王賁と同じくこの戦い限定の千人将に抜擢されます。

敵将輪虎を討ち取るために信と王賁との三隊共同作戦を提案し、一番被害が大きい潰れ役を買って出ます。

その間に信と王賁の二人がかりで輪虎を討ち取る作戦でしたが、惜しくも失敗に終わります。

しかしこの時輪虎は信の剣により指を切断されてしまいます。

そして翌日信が一騎打ちにて輪虎を討ち取ることとなるのです。

信同様、その後正式に千人将に昇格します。

合従軍においては蒙武と騰の連合軍に所属し、楚軍相手に奮闘し楚の弓使いにて中華十弓の一人白麗の弓は相当な脅威と判断し執拗に攻めます。

討ち取ることは出来なかったものの、深手を負わせる事になります。

その後、楚軍と騰軍の戦いの中、騰軍本陣が窮地に立たされると王賁とともに急遽五千人将に抜擢され、二人で左右の指揮を取り、本陣陥落を防ぐのである。

しかし、父蒙武と楚の第一将の汗明との一騎打ち中に蒙武の命を取りに来た楚将を止めに入った時に一騎打ち中の二人の間に入ってしまい、汗明に切られて意識不明の重体となってしまいます。

幸いにも一命を取り留め、合従軍との戦い後には二千人将に昇格します。

鄴攻め時には既に信同様、五千人将にまで登りつめており、朱海平原の戦いにおいて左軍に位置し、先陣を任されます。

たった五千で趙軍三万を翻弄し、見事に麻鉱軍の波状攻撃につなげるのです。

その後李牧の奇襲によって麻鉱が討たれると一転して麻鉱軍が壊滅の危機に立たされます。

しかし、蒙恬は諦めず麻鉱軍の指揮を取り始め、左半分の戦力を救うことに成功し、翌日以降も戦える戦力を残したのです。

この事から総大将王翦はこの戦いに限り、蒙恬を将軍に格上げし、左軍の指揮を任すのです。

ちなみに飛信隊信とは仲がよく、一緒にお酒を飲むこともしばしばあるとか。

信同様に今回の戦いで多大な武功を上げており、正式な将軍への昇格も近いのではないでしょうか。

 

【キングダム】王賁のプロフィール

王賁は名家、王一族の跡取りです。

父は王翦で、その一族には王騎も名を連ねます。

槍の名手でその腕前は秦国随一と言っても過言では有りません

蒙恬同様武力のみならず知力も兼ね備えている武将ですが、確執があるのか、未だ父王翦軍には加えられた事がありません。

信や蒙恬と出会ったときは三人とも三百人将でした。

蒙驁が総大将を努めた魏の山陽攻略の戦いにおいて、趙将輪虎の暗殺により千人将が多数不在になった為、信や蒙恬と同じくこの戦い限定の千人将に抜擢されます。

敵将輪虎を蒙恬の策により信と二人がかりで倒そうとしますが、輪虎の武力の方が上で、信と二人でも倒せず失敗に終わります。

翌日輪虎は信が討ち取りますが、王賁の功績も大きく、この戦い後に正式に千人将に昇格します。

李牧が合従軍を起こし秦に攻め込んだ時、王賁は既に二千人将になっており、蒙恬と同じ蒙武と騰の連合軍に配属されます。

騰軍本陣が媧燐に攻撃を受け危機的状況の中、騰の命により急遽、蒙恬と共に五千人将に任命され本陣壊滅を防ぎます。

合従軍との戦い後には三千人将に昇格します。

合従軍から二年後、魏の著雍攻略の為、騰を総大将に飛信隊と玉鳳隊も援軍として呼ばれます。

この時王賁は四千人将になっていました。

ここ著雍の戦いでは呉鳳明や魏火龍七師の霊凰、紫伯、凱孟の三将と戦うことになります。

呉鳳明の布陣は騰や隆国、河了貂が見ても一見隙の無いように見えましたが王賁が僅かな弱点を見つけます。

遮蔽物によって伝達が遅れ、援軍が来にくい場所が三点あり、そこを飛信隊と玉鳳隊、それに騰軍の録嗚未隊の三隊で同時攻撃するというものでした。

三隊がお互いに何も連携を取らず、決め事は一つのみ、「三日目の昼、日が天の真上に昇る刻、三軍それぞれが敵本陣に突入する」これのみでした。

そして順調な進軍だった玉鳳隊の前に魏火龍の中でも最強と言われた槍の紫伯が立ちはだかります。

その実力は凄まじく王賁も敗れ、玉鳳隊は退却せざるを得なかったのでした。

しかし、翌日再び紫伯と対峙した王賁は幼少期よりたゆまぬ努力と修練にて身につけた槍術で紫伯の槍を見切り、討ち取るのです。

その後、飛信隊に多少遅れはしたものの本陣に突入し、魏軍を打ち破りました。

この戦いの功績により、信と共に五千人将に昇格するのです。

そして現在の鄴攻めでは右軍において窮地に立たされながらも奇策により馬南慈軍に大打撃を与え、亜光が討たれた後には飛信隊と共に隊を覚醒させ、趙左軍を後退させ、前線を大いに押し上げる事に成功するのです。

その翌日、尭雲に討たれ意識不明の状態になりますが、それまでの功績はとてつもなく大きく、王賁もまた、より一層将軍に近づいたのではないでしょうか。

 

【キングダム】蒙恬が先に秦左翼の大将となり一歩リード!

今回の鄴攻めの前に、独立友軍として行動していた信と王賁、蒙恬の三人に政は、この戦いで武功を上げ、三人揃って将軍へ昇格するよう激励しました。

その激励どおりに三隊は獅子奮迅の活躍をしています。

その中でも左軍の蒙恬は、王翦の策を全て聞かないうちに、麻鉱軍が波状攻撃を仕掛ける事を分かっていました

王翦は元六将の胡傷から、軍略の才だけで六将の席に割り込んでこれる逸材と言わしめた程の武将です。

蒙恬はそんな王翦と同じ盤面が見えていたのです。

麻鉱亡き後、王翦将軍よりこの戦いに限りではありますが、将軍に格上げされ左軍総大将に任命されました。

確かに自分の隊ではない壊滅状態にあった麻鉱軍を率いて見事救った知力、統率力は将軍の姿そのものだったように思えます。

信、王賁、蒙恬の三人の中で現時点では蒙恬が一番本物の将軍に近いのかもしれませんね。

 

【キングダム】知力であれば王賁の方が上?

三人の中で知力と言えば蒙恬か王賁だと思います。

この部分において信は大幅に劣ってしまいますね。

蒙恬は知の武将として知られる昌平君や王翦からも一目置かれる程の知力の持ち主です。

魏の山陽戦においては敵将輪虎を討ち取るために楽華隊、飛信隊、玉鳳隊の三隊共同作戦を考え、合従軍戦ではいち早く楚軍 白麗の弓の危険性に気づき、

執拗に追い、深手を負わせます。

所属する騰軍の本陣が窮地に立たされると王賁とともに急遽五千人将に抜擢され、本陣を攻撃している趙軍の背を叩き、本陣陥落を防ぐのである。

今現在行われている鄴攻めでは左軍を任され、まだ説明を受けていないうちから麻鉱軍の波状攻撃を読み、見事に囮役をこなすのです。

その後、麻鉱が討たれ壊滅状態の麻鉱軍を復活させたその手腕は見事としか言えないものでした。

王翦が仮とはいえ蒙恬を将軍に格上げし左軍総大将に任命したのもうなずけます。

一方の王賁は合従軍戦にて所属している騰軍本陣が危機的状況になると蒙恬と同じく五千人将に抜擢され、示し合わせた訳ではないが蒙恬同様、敵の背を絶えず攻撃し本陣陥落を防ぎます。

魏の著雍戦では援軍として呼ばれ、当初、総大将騰は飛信隊、玉鳳隊を合わせても呉鳳明の布陣を攻略するのは困難と判断し、王翦にも援軍を要請する予定でしたが、王賁は完璧に見える布陣の僅かな弱点を見つけ、これ以上援軍は呼ばず飛信隊、玉鳳隊、録嗚未隊の三隊での同時攻撃を提案します。

的確な策により三隊同時攻撃は見事に成功し、秦は要所である著雍を手に入れるのです。

鄴攻めでは右軍に属し、玉鳳隊が窮地に立たされる中、誰も想像し得なかった馬南慈軍の横陣の弱点である、元いた場所から対角線上の左端を攻撃し馬南慈軍に大打撃を与え、この日の右軍勝利に大きく貢献するのです。

現時点では知力に関してこの二人のどちらが上かと言われると・・・正直難しい気がします。

しかしながら著雍戦は王賁の策で秦軍全体を動かし勝利に導いたことで実績的に少しだけ王賁が上かも?しれませんね

 

【キングダム】武力であれば信が一番強い?

三人の中で武力勝負となればやはり実績からいっても信なのではないでしょうか。

蒙恬に関しては武力ももちろんあるのだとは思いますが、一線級の相手と一対一の場面は未だ出てきません。

やはり蒙恬は知力のイメージです。

王賁は秦国随一の槍の使い手である事は間違いないと思います。

著雍戦において、中華一の槍使いと言われた紫伯をも倒しています。

しかしながら、信は廉頗四天王の一人、輪虎を一騎打ちで倒し、魏火龍の凱孟と互角の勝負をし、合従軍戦においてはあの龐煖と一騎打ちの末、深手を負わせて退却させています

やはり王騎の矛を託されたのは伊達ではないですね。

知力が皆無な分、武力においては信が一歩抜けているような気がします。

 

【キングダム】史実では3人で協力して中華統一をしていた?

史実での中華統一は信、蒙恬、王賁が大きく関わっています

楚の項燕を倒し、そのまま楚を滅ぼした秦国。

残りは二国、燕と同盟国の斉でした。

燕は政の暗殺を企てましたが、失敗に終わりその後逃亡した燕王を信と蒙恬、王賁が追撃し、燕王は捉えられ、燕は滅びました

余談ですが、一説には政暗殺には、李牧に大敗し燕へ逃亡した桓騎が関わっているとかいないとか・・・

そして最後の国、斉は作中では既に降伏宣言をしており、戦わずして国を明け渡すのでしょうが、史実は少しだけ異なり、信と蒙恬、王賁が攻め、あまり抵抗することなく降伏したとなっています。

ほぼ一緒ですが、一応は攻めたようですね。

 

まとめ

ほぼほぼ同じタイミングで昇格してる三人。

それぞれに多大な武勲を上げ、五千人将まで昇りつめてきました。

今回の鄴攻めでもなくてはならない働きをしており、将軍昇格が間近なのではないでしょうか。

鄴攻めの前に政が三人に「必ずこの戦で大功をあげ三人そろって将軍へと昇格しろ!」と激励してますが、おそらく現実のものとなるのでは?と思ってしまう程今回の三人の働きは相当なものだと思います。

間違いなく朱海平原の戦いの主役はこの三人です。

三者三様の性格をしており、その道程や育ちはバラバラで考え方も違いますが、三人が三人ともお互いを意識して、ある意味尊敬している部分もあるように思えます。

三人の成長が今後も楽しみです。

あわよくば三人とも今回の鄴攻めで将軍になってほしいですね!

 

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