【キングダム】合従軍編でも張唐爺さんは強かった!将軍としての生き様を見よ!桓騎に託した張唐の思いとは?

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秦国が誇る猛将である張唐将軍。

昭王の頃から秦国に仕えていましたが、まともに登場したのは合従軍編のみでした。

キングダムでは短い生涯だった張唐について解説していきます。

 

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【キングダム】合従軍編とは?

中華統一を目指す秦にとって、最大の窮地に陥った戦いが合従軍編でした。

合従軍とは戦国七雄のうち、秦を除く六国が手を結んだ六国連合軍の事を言います。

呂不韋の画策により、秦に有利な条件で結ばれた「秦趙同盟」。

秦は秦趙同盟を利用して、中華統一にどうしても必要な魏の要所である「山陽」を攻略し、山陽あらため「東郡」と都市名を変えます。

はたから見れば秦が魏の要所である山陽を奪い、名を変更しただけの事柄でしたが、李牧と春申君の2人だけは秦の山陽攻略は中華統一の為で、このまま秦の侵攻を放っておけば、取り返しのつかない事になると気付くのです。

2人は秦の侵攻を食い止めるために、六国で手を組み合従軍を起こすのです!

ここに秦国最大の防衛戦で、24巻から33巻まで長きに渡って繰り広げられる「合従軍編」が始まるのです!

 

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【キングダム】国門守備を任された張唐将軍

秦国は名だたる武将を全て函谷関に集め、函谷関守備に全戦力を当て込みます。

秦の老将である張唐もその一人で、張唐は函谷関の左の守備を任されます

同じく函谷関守備を任されたのは、中央に蒙驁、右に元野盗頭の桓騎でした。

張唐と桓騎は犬猿の仲で、生真面目で武将らしい武将の張唐にとって、元野盗で国などどうでもいいとさえ思っている、いい加減な桓騎はどうしても好きになれない存在でした。

秦国総司令の昌平君は、何故この2人を同じ配置にしたのでしょう?

同じ場所の守備であれば、少なからず連携も必要になってくるはずで、武将同士の仲が極端に悪いと、それが機能しなくなる恐れがあったはずです。

それでも2人が函谷関守備を任されたのには、しっかりとした理由がありました。

蒙驁と張唐は秦国随一の老将の2人で、秦を守る責任感が誰よりもありました

秦の歴史を誰よりも知る老将は、国に対する思いの「重み」が他の武将より重かったのです。

それ故昌平君は一番大事な函谷関守備を任せたのです。

対して桓騎は思いもなければ、国を守る責任感もありません。

しかし、秦国一機転がきく武将でした。

臨機応変な対応が大事になってくる戦場において、桓騎の存在はとても大事だったのです。

それでも張唐と桓騎を同じ場所に配置するのは、賭けの要素も多かったのかも知れませんねw

 

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【キングダム】史実での張唐は?

張唐は史実でも実在している武将です。

始皇帝と昭襄王の2王に仕えています。

張唐の記録はあるものの、分かりづらくはっきりと書かれてはいません。

紀元前258年に魏を攻めますが、蔡尉が守備を行わなかった為、帰国後に蔡尉の首をはねたとあります。

魏の何処を攻めたのか?

それを落とす事が出来たのか?

蔡尉は何故守備を怠ったのか?

何もわかりませんね・・・

他にも257年に鄭を攻め滅ぼしたとあります。

しかし鄭は、257年より前に韓によって滅ぼされている国なのです。

???となりますよねw

勇猛な将としてのイメージが強い張唐ですが、もしかしたら文官の要素もあったのかも知れません。

何故なら、一歩間違えば張唐は燕の宰相になっていたかもしれないのです。

当時の秦の宰相であった蔡沢は元々燕国の出身で、秦燕同盟を結ぼうとしていました。

燕からは太子丹が人質として秦にやってきます。

対して秦は、張唐を燕の宰相として派遣しようとしていたのです。

人質と宰相・・・これだけでも当時の力関係がよくわかりますね。

かなりの上から目線の同盟だったようですが、結局は秦趙同盟が成立し、趙が燕を攻めたのでこの話はなくなったようです。

 

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【キングダム】魏軍が攻城兵器によって壁から侵入

函谷関の壁の高さは、井闌車では届かない高さで作られていました

それ故に壁に橋を架ける事は不可能だったのです。

しかし魏の呉鳳明は、函谷関攻略に井闌車を持ち出します。

普通の井闌車では決して届く事のない函谷関でしたが、呉鳳明は井闌車を対函谷関用に設計していたのです。

呉鳳明の開発した井闌車は、なんともう一段階伸びたのです!

今まで一度たりとも架けられる事のなかった函谷関に、初めて橋を架けたのです!

呉鳳明は更に、巨大床弩も開発しており、弩を壁に打ち込み弩に繋がれている綱を伝って壁を上れるようにしたのです。

呉鳳明の攻城兵器により、函谷関には魏軍が次々に上ってきてしまうのです。

 

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【キングダム】張唐と桓騎の関係は?

張唐と桓騎はまさしく犬猿の仲でした。

性格も考え方も正反対で、張唐は根っからの武人で、正義を貫き命に変えても秦を守る!タイプです。

かたや桓騎は元野盗で、自分さえ面白ければどうでもいいと思っていて、勝つ為なら女や子供であろうと、老人であろうと平気で殺す残虐非道の武将です。

相反するタイプの2人が上手く付き合うはずもなく、桓騎の一言一言に張唐は強く反論します

一方の桓騎も、張唐の持ち場が攻撃を受け、ピンチになるとザマァ見ろとばかりに笑う始末・・・

ここまで仲の悪い者同士が、右と左に分かれているとはいえ、同じ函谷関守備に配置されては、中央の蒙武はヒヤヒヤしていたのかもしれませんねw

 

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【キングダム】韓軍は矢に毒を仕込んでいた?

合従軍で函谷関を抜く役目を担っていたのは、魏と韓でした。

ここまで魏軍ばかりが活躍しており、韓軍は全く動きがありませんでした。

しかし開戦から7日目に、ようやく韓軍総大将成恢が動きます。

韓軍は成恢を筆頭に、異様な出で立ちの軍団でした。

韓軍が動くと魏軍は道を開け、韓軍に前線を譲ります。

そして韓軍が壁の上にいる秦軍に一斉に矢を放ったのです。

矢の応戦なら頭上からの方が断然有利なはずでした。

しかし韓軍の矢を受けた者は、かすり傷程度でも突然泡を吹いて倒れていくのです。

何が起こっているのか・・・?

なんと韓軍の矢には毒が塗られていたのです。

韓軍成恢は毒の研究に人生を捧げた武将だったのです。

有利な立場にいるはずの秦軍が、毒矢の攻撃に大混乱してしまうのです。

更に成恢は張唐の位置を把握すると、特殊な毒爆弾「丹丸」を張唐めがけて放ちます。

丹丸は煙を充満させ、それを吸い込んだ者は8日前後で死に至る恐ろしい毒兵器だったのです。

張唐と張唐軍の参謀達はとっさに口を塞ぎますが、時既に遅し・・・

煙を吸い込んでしまっていたのです・・・

 

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【キングダム】桓騎の奇策にのった張唐

合従軍が勝負所と踏んで、総攻撃を仕掛けてきた15日目に張唐軍に異変が起きます。

参謀達が血を吹き、次々に倒れ死亡してしまうのです。

そして張唐もまた血を吹き出し、瀕死の状態になってしまいます

成恢の毒兵器「丹丸」の効果が現れてしまうのです。

張唐軍は完全に指揮系統が崩れてしまいます。

そんな時に魏の呉鳳明が巨大床弩で壁にハシゴを架け、更に巨大井闌車で函谷関に橋を架け、総攻撃を仕掛けてくるのです。

指揮がままならない張唐軍には抗う力はありませんでした・・・

そんな時でした!

なんと桓騎が援軍に現れたのです!

しかもただの援軍ではありませんでした。

今の苦境を打破する為のどデカい策をもってきたのです。

その策とは、魏の甲冑に着替えて、魏の井闌車を利用して地上に降り、なんと合従軍五大将の一人である韓の成恢の首を取るというものだったのです!

そんな事が出来るのか???

地上の魏軍も韓軍も、頭上の秦軍の事しか気にしておらず、まさか地上に敵がいるとは思っていませんでした。

その心理を利用して桓騎は堂々と、総勢15万の魏軍と韓軍の中を駆け抜けていくのです!

そして毒に侵された張唐もまた、戦って死ぬ為に桓騎と共に成恢の本陣を目指すのです!

 

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【キングダム】毒に負けず張唐が成恢を討つ

桓騎と張唐の少数連合軍は、80騎編成の5小隊、総勢400騎で成恢の本陣を目指します。

近づくにつれて韓軍の守備も「あの小隊は?」と思い始めます。

そこからは力技での突破になります。

正面と左右に隊を分け、正面を張唐。

左右を桓騎軍が固めます。

毒に侵され瀕死の重傷の張唐でしたが、歴戦の秦の将軍としての意地を見せ、成恢本陣まで辿り着きます

しかし更に毒矢を受けてしまい、矛を握る手にも力が入らなくなってしまいます。

そんな張唐を尻目に、左右から迫る桓騎軍に対して、本陣ごと桓騎軍から遠ざかる成恢でしたが、最後の力を振り絞った張唐が迫ります!

そんなはずは??!!

丹丸を受け、毒矢をも受けた張唐が動けるはずがなかったのです。

成恢の常識から逸脱した張唐の動きは、まさしく秦国将軍としての最後の意地でした。

背を向けて逃げる成恢に「大将が背を見せて逃げるなぁぁ!

そう叫ぶと、成恢を背後から一刀両断するのです!

張唐は最後の力を振り絞り、合従軍五大将の一人を打ち取るという大金星をあげたのでした。

 

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【キングダム】桓騎も張唐の実力を認めていた?

すこぶる仲が悪いはずの桓騎と張唐でしたが、張唐は桓騎の実力を認めざるを得ませんでした

桓騎の策に乗り、魏の井闌車で地上に降りる際、部下に桓騎の事を話しています。

下衆だが・・・勇敢な男だ

魏韓連合軍、総勢15万の中に堂々と飛び込んだのです。

そう思うのも当然だったのでしょう。

桓騎もまた張唐の底力を認めていたのかもしれません。

張唐と共に韓軍本陣に近づき、力技で突破しないといけなくなった時、張唐の指示で隊を3つに分けます。

中央に張唐、右に雷土隊、左からは桓騎隊が回り込みます。

これは中央の張唐隊を囮として、左右の隊で成恢を打ち取る作戦でした。

すなわち中央の張唐隊が、どれだけ敵の目を自分たちに向けられていられるかにかかっていました

この絶対に失敗できない役目を、毒をくらい瀕死の状態の張唐に任せたのです。

張唐ならこなすはずと、自信があったのではないでしょうか。

そして張唐が力尽き、馬上から落ちそうになると、敵味方誰が死んでもなんとも思わない桓騎が、張唐が落馬しないように支えたのです!

桓騎の人間味ある姿を見たのは、後にも先にもこの時だけでした。

犬猿の仲だった2人でしたが、最後の最後でお互いを認めあっていたのではないでしょうか。

 

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【キングダム】張唐の名言

五大将の一人の首をとるという、最後の最後で大武勲を上げた張唐。

忌み嫌っていた桓騎に対して尋ねます。

何故秦将として戦っている?

桓騎ははぐらかしますが「己の力で戦に勝つ快感にはまっておる

全てを見透かしているかのように、張唐は指摘します。

それは名武将の気質そのものだ。腹ただしいが才能もある

完全に桓騎を認めた発言でした。

秦国一の武将となれ、桓騎。秦を・・・頼むぞ・・・

なんと元野盗で残虐非道の「首切り桓騎」の異名を持つ桓騎に祖国を託したのです。

毒ではなく戦って死ぬ事を望んだ張唐。

実に男らしい見事な最期でしたね!

 

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まとめ

見事な死に様を見せてくれた張唐。

正反対の生き方をしてきた桓騎を認める事ができる、懐の大きさも目をみはるものがありました

そんな張唐に毒されたであろう、今後の桓騎からも目が離せませんね!

 

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