【キングダム】合従軍編で甦る信と政の熱い絆!龐煖との因縁は?信が挙げた功績とは?

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合従軍編は、前半は函谷関の攻防戦、後半は蕞の防衛戦となっています。

函谷関の攻防戦での趙軍武将の撃破や蕞での粘りある防衛戦、龐煖の撃退など、合従軍編において信は多くの功績を挙げます

また、後半の蕞防衛編では南道を通りなんとか蕞にたどり着いた信と、咸陽から自ら戦地に出陣した政が久しぶりの再会を果たし、熱い絆が描かれるシーンもありました。

今回は合従軍編での信と政の熱い絆や信と龐煖の因縁、信が挙げた功績についてご紹介します。

 

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【キングダム】政と共に中華統一を目指す信

信は戦争孤児で、戦争はあるのが当たり前だと思って生きていました。

しかし、大量虐殺のあった長平の遺児であり趙軍武将である万極を目の当たりにしたとき、信は一つの答えにたどり着きます

境があるから内と外ができ敵ができる、国境があるから国々が戦い続ける

そしてその戦争の渦を解く答えが政の目指す中華統一であるということです。

信自らが、政が中華統一するための金剛の剣となると言い放ちました。

 

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【キングダム】合従軍編での信が配置された軍は?

信は藨公軍に配置されます。

目の前には趙軍が12万おり、それを藨公軍は4万で迎え撃つこととなります。

楚軍が開戦の檄を飛ばす中、藨公軍は藨公の突撃の一声で、先に打ってでます。

それに続き、信の率いる飛信隊も大戦の口火を切りました。

信の初陣もまた、藨公軍の戦場でした。

初陣のときは多くの味方を死なせるとんでもない将軍だと思っていたものの、今回の合従軍編で藨公軍に配置され戦うことで、六将ではなかった藨公に対し信は六将にも引けを取らない武将であると敬意を示します

将来もっとでかくなったときに、六将と飲んだ酒よりも美味い酒を飲もうと信と藨公は約束するのでした。

 

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【キングダム】敵は趙軍の武将 慶舎

慶舎は趙軍の副将であり、指揮官として李牧からも絶大な信頼をおかれています。

藨公は本能型の武将として、動きを読むことは至難の業だと恐れられていました

しかし、敵である慶舎も同じく本能型の武将でした。

李牧との模擬戦においても何度が勝利しており、李牧からは本能型の武将では最も恐ろしい存在であると言われています。

慶舎の見た目は藨公とは全く異なり、見た目だけでは本能型の武将のようには見えませんが、蜘蛛のように絡みつくような罠をしかけ、獲物が飛び込んでくるのをただひたすらに待つ「沈黙の狩人」だったのです。

実際に藨公は慶舎の罠に嵌り、疲弊している後方から攻撃を受ける中、趙軍の中から抜けられなくなってしまいます。

同じく直感型の武将の才が目覚め始めた信の直感と行動により初日の危機は脱し、2日目以降は慶舎をおびきだそうとするものの、まったく姿を現しませんでした。

 

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【キングダム】信が万極を討ち取る

藨公軍を後方から攻撃していたのは、左翼にいる万極軍でした。

慶舎の罠に嵌った藨公軍が開戦早々に敗北してしまうのではと思われたとき、突如飛信隊の旗が後方で上がります。

信は後方への攻撃を防がなければ危ないと直感し、早々に趙軍の中を逆走していました

そのおかげで、飛信隊は手遅れになる前に後方にたどり着くことができたのです。

信が相対する万極、そして万極軍全員が過去に大量虐殺のあった長平の遺児で構成されていました。

序盤は押されているようにも思われたものの、信は見事に万極を打ち取ります

そして、死ぬ前の万極に「長平のようなことは絶対にしない」と誓うのでした。

信が趙軍将軍万極を打ち取ったことは、すぐに咸陽にいる政にも伝わりました

 

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【キングダム】函谷関の戦いに秦軍が勝利

蒙武軍による楚軍総大将汗明の撃破、桓騎・張唐による韓国総大将成恢の撃破、王翦の燕国総大将オルドの撃退により、函谷関での戦いは秦軍優勢で進みました

楚将軍媧燐の策に裏を欠かれ窮地に追いやられますが、王翦の登場によりその窮地も脱します

これにより合従軍の函谷関突破は極めて難しくなり、燕軍を除く全軍が開戦前の位置に退却したのです。

 

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【キングダム】信の前に立ちはだかる龐煖

麃公軍と飛信隊が南道で李牧軍を追撃したとき、突如龐煖が現れました。

麃公と相対する龐煖を見て、信は王騎が龐煖に打ち取られる姿を思い出します。

信は麃公を救おうと、必死で李牧軍本陣を目指します

しかし麃公もまた、一騎打ちの末信の前で龐煖に敗れてしまうのでした。

 

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【キングダム】麃公将軍が信へ託した思いとは?

麃公を助けに信は李牧本陣を目指しますが、麃公は信に対し、「咸陽へ前進しろ」と叫び、自らの盾を信に託しました

それでも信は麃公の窮地を救うため本陣に近づこうとします。

そんな信に、麃公は片腕をなくし瀕死の状態でもなお龐煖に喰らいつき、龐煖の片腕を道ずれにするとともに、「火を絶やすな」と伝えるのでした

 

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【キングダム】蕞に到着後も信は粘り続ける

麃公を失い、李牧軍の追撃を受けながら、信は憔悴しきりながらもなんとか蕞に到着しました。

そして、信は蕞で自ら戦地に訪れ、ともに戦おうとする政と再会します

それは信にとって、暗闇に届いた一筋の光のようにも見えました。

蕞には老人や女性、子供ばかりで兵力はほとんどありませんでしたが政の演説により、全員を兵士と化すことに成功します。

信は自らが蕞の民たちの先陣を切り、すべてを出し尽くすほどの力を使い、李牧が2日で落とすと言った蕞を7日間もの間守り切りました

 

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【キングダム】信によって撃退された龐煖

山の民の援軍により、蕞は城が落ちる寸前の窮地を救われました。

しかし、そこにまたもや麃公を打ち取った龐煖が現れたのです。

信は飛信隊の仲間の制止を振り切り、自ら龐煖の前に進んでいきます。

仲間が無謀だと思っている中龐煖の一撃でアバラを折られながらも立ち上がった信は、龐煖自身ではなく龐煖が持つ矛に狙いをさだめ力をたたきつけることで龐煖を弾き飛ばしました

そして、額に傷を残すことに成功したのです。

龐煖はそれでもなお信に向かってこようとしましたが、趙軍の武将晋成常に止められ退却していきました。

龐煖を信が撃退したことにより趙軍は全軍蕞から退却し、秦国の勝利が決まったのでした。

 

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まとめ

合従軍編で信は、函谷関での戦いで本能型の武将の才が目覚めはじめ、麃公軍の窮地を救い趙軍将軍の万極を打ち取りました

南道の追撃のときに龐煖により麃公を失ったものの、蕞防衛戦では自ら先陣を切って城を守り抜き龐煖を撃退することに成功します。

論功行賞ではこれらの功績が認められ、秦の武将七将に次ぐ武功を称える特別準功が与えられました。

合従軍編における秦国の勝利は、まさに信の活躍なしではなしえなかったと言えるでしょう。

 

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