【キングダム】嬴政の手腕が問われた蕞(さい)の戦い!勝てたのは奇跡ではなく必然だった?李牧を圧倒した7つの勝因とは?

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秦国王である嬴政が自らともに戦うために出陣し、攻め入る李牧軍に見事打ち勝った蕞の戦い

勝てたのは奇跡ではなく必然だったのでしょうか。

今回は蕞の戦いにおいて李牧を圧倒した7つの勝因についてご紹介します。

 

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【キングダム】蕞攻城戦は何巻のはなし?

蕞攻城戦はキングダム31巻〜33巻で描かれています

蕞攻城戦は李牧率いる合従軍編の後半となり、王都咸陽の喉元である蕞を陥落させられないよう秦国王・嬴政が自ら指揮を取りに来ました。

合従軍編の前半は函谷関での戦いとなり、キングダム25巻〜30巻で描かれています

 

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【キングダム】函谷関に秦国の名武将が集結

楚・趙・魏・韓・燕の五国が合従軍を組み秦国に侵攻してきたため、国門となる函谷関には秦国の名だたる武将が集結していました。

蒙武は楚軍の総大将である汗明を討ち取り、張唐は韓軍の総大将である成恢を討ち取り、張唐を韓軍の毒矢により失ってしまいますが、侵攻を食い止めることに成功します。

楚軍第二の将である媧燐により秦軍は背後を取られ、一時は函谷関陥落の危機にも陥りますが、左の戦場でオルドと相対していた王翦軍の援軍が現れたことにより窮地を脱することができました

結果、燕軍を除くすべての合従軍が開戦前の位置まで退却したため、函谷関を突破することが極めて難しくなったのです。

 

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【キングダム】李牧軍に追い詰められた蕞の民

合従軍による函谷関の突破が難しくなったことで、戦局は大きく秦国に傾いたように思われました。

しかし、函谷関の他にも王都・咸陽に至るルートはもう一つあり、そのルートに李牧率いる別動隊が侵入していたのです。

李牧軍の動きを瞬時に察知した藨公軍と飛信隊が背後を捕えますが、藨公は龐煖に討たれてしまい、ほとんどの気力を失った状態で咸陽の喉元である城・蕞に到着します。

藨公兵と飛信隊が蕞に到着したとき、城門は開いていました

兵士のほとんどが函谷関へ出払っており、蕞には戦うことができる兵士はいません。

追い詰められた蕞の民は、李牧軍が来たら門を開けて降伏するつもりだったのです。

 

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【キングダム】圧倒的不利な状況で勝利した秦軍

圧倒的不利な状況の中、秦軍は李牧率いる別働隊の攻撃から蕞を守り切りました

攻撃を受け続け秦軍の勢いは徐々に削がれていき、一時は秦国滅亡の瀬戸際まで追い詰められました。

これからご紹介する秦軍を勝利へと導いた7つの勝因は、一つでも欠けていたら秦国は滅亡していたと言っても過言ではありません

 

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【キングダム】勝因①李牧の予想を上回る嬴政の賢さ

勝因一つめは、李牧の予想を上回る秦国王・嬴政の賢さです。

李牧にとって、嬴政自らが蕞に出陣してくること自体が予想外の出来事でした。

嬴政の語り掛けにより蕞の民は戦うことを決意し、驚くほどの士気を見せたのです。

そして、李牧を最も驚かせたのは開戦から7日目に現れた山の民の援軍です。

嬴政は咸陽を出る前に山の民に援軍を要請するために伝者を送っており、万一情報が漏洩して李牧に援軍の存在が悟られぬよう、山の民に援軍の要請をしたことは嬴政と昌文君しか知りませんでした

結果的に山の民の援軍は李牧の虚をつくこととなり、蕞を守り切ることに成功しました。

 

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【キングダム】勝因②呂不韋ではなく嬴政を選んだ昌平君

勝因二つめは、呂不韋陣営であった昌平君が嬴政を選んだということです。

呂不韋は、嬴政の首を李牧に受け渡し、和睦を図ろうとしていました。

しかし、嬴政は自ら蕞へ出陣したのです。

呂不韋はすぐに暴走とも思える行動を一人で決断したのは思い切りが良すぎると、自らの四柱の一人である昌平君に対し、何か助言をしたのではないかと疑いを掛けました。

疑いに対し昌平君は「秦軍の総司令であり、今それ以外の事は取るに足らぬ小事です」と答えました。

 

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【キングダム】勝因③頼もしい介億の強さ

勝因三つめは、昌平君の命令により蕞に百人の兵を引き連れた介億が現れたことです。

李牧軍が到着する前に、蕞の兵士たちの準備は整いました。

しかし、兵の指揮を取ることができる者が信・昌平君・壁・河了貂の四人しかおらず、河了貂が全体を見ることができる指令室に入ると現場に入ることができるのは三人だけとなり、四方にある城壁を守る指揮官が足りません。

そこに登場したのが、昌平君の側近である介億です。

介億は軍師学校の講師もしており、河了貂とも面識のある人物でした。

そして引き連れてきた百人中五十人が、指揮官級だったのです。

介億の登場により、本当の意味で蕞を守り切る準備が整いました。

 

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【キングダム】勝因④偶然駆けつけた壁

勝因四つめは、偶然駆けつけた壁の存在です。

函谷関の戦いで楚軍総大将・汗明が討たれた後、戦局は大きく秦軍に傾きました。

藨公軍・飛信隊は趙軍の総大将である慶舎を討とうと作戦を練っていましたが、作戦に気づいた慶舎は早々に後退し、互いに決め手を欠く乱戦を続けていました。

そこに隣の戦場で蒙武軍所属として戦っていた壁軍が、偶然援軍として現れます

率いている数も少なく、戦う力もそれほど残っていなかった壁軍ですが、藨公軍・飛信隊と行動を共にすることとなります。

結果的に、壁は戦意を失ってしまった藨公兵や飛信隊の指揮を取って李牧軍の居る戦場から脱出し、たどり着いた蕞では城壁の一つの指揮官として蕞を守り切る活躍を見せました

 

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【キングダム】勝因⑤麃公が龐煖を追い詰めていた

勝因五つめは、藨公が龐煖を追い詰めたことです。

蕞へと向かう李牧軍に追いついたところで、藨公は龐煖と対峙します。

藨公は龐煖の本質を突きながら揺さぶりをかけますが、討ち取られてしまいました。

しかし、藨公は最期を迎える間際、ほとんど瀕死の状態で龐煖の片腕を潰したのです。

藨公が龐煖を追い詰めたことによりある程度の時間を稼ぐことができ、そこにいた藨公軍や飛信隊は李牧軍の攻撃から脱出することができました。

 

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【キングダム】勝因⑥嬴政の言葉で蕞の民が覚醒

勝因六つめは、嬴政の言葉で蕞の民が覚醒したことです。

李牧軍に攻められたらすぐに降伏しようとしていた蕞の民ですが、嬴政が姿を現すと皆跪き、中には涙を流す民も居ました。

そして、李牧と龐煖に攻められれば咸陽にはそれを迎え撃つ準備は無く、蕞で敵を止めなければ秦国が滅亡することを伝えます。

嬴政もまた蕞に留まり、ともに血を流しながら戦うということに驚きを隠せませんでしたが、その言葉に蕞の民が一人、また一人と立ち上がり始めたのです。

「最後まで戦うぞ秦の子らよ、我らの国を絶対に守り切るぞ!」

最後の一言で、蕞の民は覚醒しました

 

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【キングダム】勝因⑦楊端和が山の民を引き連れて登場

勝因七つめは、楊端和が山の民を引き連れて登場したことです。

嬴政が咸陽を出る前に、楊端和に対して援軍の要請を行っていました。

伝者が楊端和の元に訪れたとき、楊端和軍は山界の北方奥深くへ遠征に出ており、援軍に来てくれたとしても遠征先からは八日かかる計算でしたが、わずか七日で援軍として駆けつけてくれたのです。

結果、李牧軍に七日にもわたって攻め続けられた蕞を秦軍は守り切り、李牧軍は全軍撤退していきました。

 

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【キングダム】大王としての風格を見せつけた嬴政

嬴政が蕞の民を覚醒させたとき、その姿を見守っていた昌文君は涙を流しました。

かつて戦神と呼ばれた昭王を超えると確信したのです。

戦の夜には自らの足で兵たちの元を訪れ、ねぎらいの言葉をかけました。

自分たちを決死隊と呼び一人でも多くの敵を道連れに最期を全うすると言う藨公兵に対しても、「藨公兵の役目は英雄・藨公の生き様を後世に伝えることだ、生きて蕞を守り抜け」と言葉をかけ、一層士気を高めます。

そんな嬴政を見守る介億もまた、嬴政が昌平君の心を動かしたことに納得しました。

秦軍を勝利へと導いた山の民の援軍もまた、嬴政の働きけがなければ起こらないことです。

蕞を陥落させることができなかった李牧は、蕞へ来てからの予想外なことの連続の全てはなるべくしてなっている、そしてそれは秦王の出現とその器から全て始まっていると悟りました。

自ら出陣し、咸陽の喉元である蕞を守り切ったことで、嬴政は間違いなく大王としての風格を見せつけたといえます。

 

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まとめ

秦国は国王である嬴政を筆頭に、圧倒的不利な状況で王都・咸陽の喉元である蕞を守り切りました。

嬴政が自ら出陣し蕞の民を覚醒させたことやあらかじめ山の民に援軍を要請していたことは、李牧にとって予想外の連続であり、今回ご紹介した勝因の一つでも欠けていたら、秦国は蕞を守り切ることはできなかったかもしれません。

王としての手腕を見せつけることとなった嬴政が、これからどのような王として成長し、活躍していくのか、今後も目が離せません。

 

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