キングダムでは嬴政の子として麗という可愛い女児が登場していますが、嬴政の子は麗の他に扶蘇(ふそ)という男児もいることをご存じですか?
その存在は作中では目立ちませんが、実は扶蘇は史実では秦国を左右する重要人物なんです。
それでは扶蘇とはどういった人物なのか、今後の活躍はあるのか、史実と併せながら徹底解説していきます!
目次
【キングダム】扶蘇のプロフィール
扶蘇(ふそ)は嬴政の長男。
作中では嬴政と向の娘・麗の誕生が大きく取り上げられていますが、向の妊娠が発覚した24巻261話にてさりげなく“実は向の前に別の宮女が先に懐妊していた”と明らかになっているんですよね。
それが扶蘇です。
扶蘇は王族が狙われた毐国の反乱で太子として毐国将軍・樊於期に命を狙われました。
【キングダム】扶蘇は実在した?
扶蘇は史実に名の残る人物。
キングダムの嬴政を知っていると少しイメージが湧きづらいですが、始皇帝(嬴政)には息子だけでも20余人いたとされています。
その中でよく名が知られているのが長子の扶蘇と末子の胡亥です。
始皇帝は扶蘇を太子に立てようとしていたと考えられていますが、実際に二代目皇帝になったのは胡亥でした。
扶蘇はキングダムでは麗の少し前に誕生しています(紀元前240年頃)が、史実では生まれ年は明確になっていません。
【キングダム】扶蘇の功績とは?
扶蘇は聡明で思いやりがあり温厚な人物だったそう。
しかし始皇帝の焚書坑儒を諫めたことで、匈奴征伐のため北方へ駐屯していた蒙恬の元に左遷されてしまいます。
焚書坑儒は諸子百家の書物を焼き捨てさせたり儒学者を生き埋めにしたりした政策で、政治批判を強引に封じ込めるいわば厳しい思想弾圧でした。
これに対し誰も始皇帝を諫めることは出来ませんでしたが、扶蘇だけは「まだ天下が初めて平定されたばかりだし、民を不安にさせるようなことはやめた方がいい」というような諫言をしていました。
それが始皇帝の怒りを買うことになり、遠方の蒙恬の元に送られてしまったわけです。
ただし始皇帝は蒙恬を監視させるために扶蘇を送ったとも考えられており(蒙恬はこの時匈奴征伐のために30万の兵を持っていたため、下手すると匈奴と手を組んで脅威となるかもしれないから)、扶蘇の能力を見込んで蒙恬の監視役という大役を任せたとも言われています。
どちらにせよ扶蘇はこの後、名将・蒙恬と共に匈奴征伐に励んでいました。
【キングダム】扶蘇と嬴政の関係性とは?
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扶蘇は嬴政の長男ですが、キングダムでは麗というオリジナルキャラクターを通して父親としての嬴政が見られるだけで、嬴政と扶蘇の交流は描かれていません。
嬴政は作中で麗と向の元を訪れているのと同じように扶蘇の元にも足を運んでいると思われますが、今のところそのふれあいは見られそうにありませんね。
【キングダム】扶蘇の母親とは?
扶蘇の母親については史実に記録が残っていないため分かりません。
皇后という地位を作らなかったのか、正室・側室も含め始皇帝の女性関係については名が一切残っていないそうです。
キングダムでも扶蘇の母親は向とは違う官女であるということ以外、顔も名前も明らかになっていません。
母子ともにオリジナルキャラクターである向と麗に対し扶蘇の誕生が描かれていないのは、扶蘇が実在した人物である一方で母親が明確になっていないため創作として触れづらいという理由なのかもしれません。
【キングダム】扶蘇と麗の関係性とは?
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扶蘇の母親は向とは別の宮女なので、麗とは異母兄妹ということになります。
扶蘇の母親の懐妊が向より少し早かったため扶蘇が兄だと考えられますが、出産時期は恐らくそれほど違わないでしょう。
作中で扶蘇と麗が交流する描写は今のところありません。
しかし嬴政と成蟜という兄弟の確執から始まったキングダムですから、嬴政の子である2人がどのような関係性になっていくのかは興味ありますね。
【キングダム】扶蘇はキングダムに登場する?
扶蘇はキングダムに登場しますが、出ているのは名前のみであって姿は描かれていません。
名前が登場するのは毐国動乱編で、毐国の咸陽侵攻時に呂不韋派の樊於期に命を狙われるも保護され、第434話にて嬴政に無事が報告されました。
キングダムは秦の中華統一の過程を描く作品なので、統一後から名の残る扶蘇はこのまま登場しないのではないかと思います。
あくまでも信と嬴政の物語として完結するのであれば扶蘇を含む麗以外の子が登場する必要性を感じないからです。
しかしもちろん中華統一後まで描かれるならば当然扶蘇も描かれるでしょう。
それ以前に中華統一時に扶蘇は20歳近いはずで大王の長男としての存在感は増していることは間違いないので、もしかしたらその頃に登場する可能性はあるのかもしれません。
【キングダム】扶蘇の最期とは?
作中で誕生したばかりにもかかわらず最期について語るのもなんですが、史実での扶蘇は紀元前210年に死去したとされています。
これは父である始皇帝が亡くなった年と同じなんですよね。
それは始皇帝の死とその際に書かれた遺言状が関係しているからです。
始皇帝はこれまで後継者について語ってきませんでしたが、紀元前210年の巡行中に倒れ、扶蘇に「咸陽に戻って自分の葬儀を執り行うように」との言を遺します。
つまり遺言は「扶蘇に後を継がせる」という意でした。
しかし始皇帝に重用され、この時も巡行を共にし遺言を預かった宦官の趙高が、始皇帝の崩御後に胡亥と李斯を抱き込み遺書を書き変え、胡亥を皇帝に擁立してしまいます。
その時「蒙恬と辺境に駐屯させて長く経つのに何も成果を挙げていない。それどころか私の行いを直言して誹謗した扶蘇は不孝であるから自決しろ。扶蘇の行いを矯正しなかった蒙恬も不忠であるから自決しろ」という旨の偽遺書を送り、扶蘇と蒙恬を死に追い込んだのです。
趙高は自分が教育係をしてきた胡亥を皇帝にするため、ひいては自分が実権を握るために扶蘇と蒙恬が邪魔だったわけですね。
これに対し蒙恬は「真の遺書か確かめてからでも遅くない」と制止しますが、扶蘇は「父の遺言を怪しむことが不孝だ」と聞かず、そのまま自決してしまったのでした。
原因や説は様々に論じられていますが、ともかく扶蘇は趙高の野望に飲まれ、何ともやるせない最期を迎えました。
せっかく嬴政が中華統一した秦も僅か15年ほどで滅亡してしまうのですが、この扶蘇の死がその破滅の始まりだったと言われています。
まとめ
扶蘇は嬴政の長男ですが、作中に姿は登場していません。
ただし史実では二代目皇帝になる寸前で趙高の謀略により自決することになり、その死が秦を滅亡に導いたとも言われる重要人物です。
キングダムは中華統一までの道のりを描いているため扶蘇が登場するかは難しいですが、作中に趙高が描かれている以上やはり期待してしまうところではありますね。
史実を元にしているだけにどこまで描かれるのか注目が集まる中、果たして扶蘇は登場するのか楽しみにしていましょう!

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