【キングダム】本能型は知略型よりも強い!?本能型と呼ばれる武将は?知略型との違いとは?

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今回はキングダムに登場する武将の持つ特徴である「本能型」と「知略型」について、どのようなものか、ご紹介したいと思います。

 

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【キングダム】武将には本能型と知略型がある?

王騎将軍は信の初陣(蛇甘平原の戦い)の時に、武将には「二つの型」があると教えています。

それは「知略型」と「本能型」の二つです。

その上で「“知略”対“本能”!これは武将の永遠の題目ですよォ」と信に語りかけます。

そしてどちらが「是」であり「非」であるかは戦が終わってみないと分からないと話します。

まずは武将には「本能型」と「知略型」の二つの型があることを覚えておいて下さい。

 

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【キングダム】本能型の特徴は?

先ほど武将には二つの型があると書きました。

ここでは先に「本能型」についてその特徴をお伝えしたいと思います。

王騎将軍は「野生の直感で戦うようなものが“本能型”の武将である」と最初に説明しています。

本能型の武将の代表である「麃公将軍」を例にあげて、王騎将軍は「本能型」の将軍は「戦を燃え盛る一つの大炎ととらえる」と説明しています。

「本能型」の将軍については以下に4人を例にあげて詳しく説明しておりますので、それぞれの特徴をご覧ください。

 

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【キングダム】知略型の特徴は?

次にもう一つの武将の型である「知略型」について、その特徴をお伝えします。

最初の大きな戦として描かれた「蛇甘平原の戦い」において、魏国の大将だった呉慶将軍は「知略型」の将軍として登場しています。

「知略型」の将軍は、戦を理詰めの盤面ととらえると王騎将軍は説明しています。

「知略型」の武将は自らが動く前に本陣の中でまず軍略を練り、敵将の動きに合わせて自軍が優勢になるように陣形を変えることが多く、罠を仕掛けることも多いと言えます。

 

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【キングダム】両方を兼ね備えた武将も存在する?

先に述べたように武将は「本能型」と「知略型」の二つに大きく分類されます。

しかし、中にはその両方を操って戦を有利に進めることができる武将が存在します。

趙国の新三大天の1人である「李牧」がまず挙げられます

彼は元々、知略型の代表と言えるほどの「軍略の才能」を見せていました。

しかし合従軍として秦国に攻め込んだ際、「本能型の極み」である麃公将軍の戦い方を目の前で見て、本能型の戦い方を理解していきました。

李牧の「本能型の戦の捉え方」は、後に朱海平原で王翦将軍と対峙した時の戦略に現れてくることになります。

李牧の「本能型」の才能が披露されるのは、朱海平原での戦の十五日目です。

王翦軍の田里弥が策を講じますが、なかなか通用せず、戦局が動きません。

その様子を観察していた王翦将軍はついに李牧の使う戦術の「カラクリ」に気付きます。

それは「軍にも“起こり”がある」と言うことでした。

そして「武を極めると“起こり”を察知し相手の動きを読む。読めば敵の技は通じずさらに返しの技を出せるようになる」と説明しています。

続けて「その“起こり”を感覚的に捉えて戦っている連中は昔からいる。奴らは敵兵の表情や集団の重心やらからそれを読み取る」と言い、それが「本能型の武将だ」と付け加えます。

これは先に書いた「本能型」の武将の特徴である「大炎」に関しての王翦将軍なりの言葉で解説したものになりますね。

王翦将軍は「李牧はその一戦(合従軍での麃公将軍との戦)から本能型の戦いの仕組みを研究し読み解き、それを元々知略型だった自らの兵団に叩きこんだ。そうして奴は“知略”と“本能”を合わせ持つ“異種混合軍”を作り上げたのだ。認めざるを得ぬな李牧。私と同じ怪物と」と自軍の者たちに説明します。

この言葉から李牧が「両方を兼ね備えた武将」であることが確定します

余談ですが、李牧のことを説明しながら「私と同じ怪物」と言ってしまうところが、王翦将軍らしいと思ってしまいますね。

以上のことから、「知略」と「本能」の両方の「型」を兼ね備えた武将も存在するということが言えます。

 

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【キングダム】本能型の武将①麃公

麃公は本能型の武将として信や李牧に大きな影響を与えた武将なので、少し詳しくどんな人物か説明させていただきます。

 

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「蛇甘平原の戦い」での麃公

麃公が初めて登場したのは、秦の亜水での軍議の場面でした。

多数の将が口々に戦の状況について話している中、最後に登場します。

その時、千人将だった壁は軍議に参加しながら「最前線に居続けた武将のせいか、名前すら聞いたことがない。麃公、一体どんな将軍なのだ」と麃公将軍のことを考えています。

この戦こそが、信が初陣で参戦することになった「蛇甘平原の戦い」です。

麃公は信たち歩兵が起こした活躍を聞き拾い「一の働きが十を動かし千につながり万を崩す。小から始まる連鎖が大火を呼びこみ戦局は一気に終局に向かう。そして今異彩を放つ場所があった。そういうところには“何か”がある。戦とはそういうものじゃ」と皆に話しかけます。

周りで聞いている者たちは少し「意味がわからない」と言う顔をして動揺しているのが見て取れます。

敵将の宮元に言わせると「麃公のそれはただの奇行」と見えてしまいます。

また突然その戦場に姿を現した王騎将軍に言わせれば「大雑把な戦いぶり」となってしまいます。

しかし、この考え方こそが「本能型」の大きな特徴と言える点になります。

ついに麃公と魏の呉慶との一騎討ちと言う名の最後の「殺し合い」が始まります。

その一騎討ちも終わりを迎える場面になり、麃公は呉慶に対して「兵ならば目の前の敵をどう倒すか。将ならば敵軍にどうやって勝つか!!それ以外に心囚われることはない!!」と言って自らの胸をゴンと叩き、将軍としての心のもちようを語っています。

これは「本能型」の武将の特徴というよりは、将軍と言う立場において戦に勝利するために必要なことを訴えているように思えますね。

 

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「合従軍との戦い」での麃公

李牧が画策して開戦された合従軍と秦国との戦が始まった時、飛信隊は魏軍と戦う一軍を目撃します。

その一軍の先頭に立っていたのが麃公でした。

対戦している魏国の総大将となっていたのは先の蛇甘平原の戦いで麃公に討たれた呉慶の息子である「呉鳳明」でした。

そこで飛信隊は麃公を援護するために崖の上から駆け下りてきます。

その時、呉鳳明の策に対して麃公はしばし考えて「これより先は“臭くてかなわん”引き返すぞ」と全軍に指示を飛ばし「また新しき大炎が出て来たか…」と考えています。

ここでも「大炎」と言う言葉がキーワードとして使われていますね。

そしてこの夜、信は初めて麃公と一対一で対面し、麃公の大きさに圧倒されます。

最後に信は「しばし儂の戦いにつき合え、千人将」と麃公に声をかけられ、信は麃公からの指示を聞いて驚く河了貂に対して「麃公将軍の戦い方は理屈じゃねぇんだ」と言って「本能型の大将軍だからだ」と教えるのでした。

開戦と同時に「突撃じゃあ」と言って駆け出した麃公でしたが、敵将である慶舎の策にはまり軍は身動きが取れなくなりました。

その時、危機を察知し素早い行動を起こして麃公兵の危機を救った信を見て「小童が、まんまと大炎を巻き起こしよったわ」と感じ取ります。

その上で「何じゃ貴様も“こっち”側か。童、信よ。己で気付いておるまいが貴様本能型の武将の才が目覚めてきておるぞ…しかし王騎の矛を受け取った男が本能型とは笑えるわィ」と思うのでした。

どちらかと言えば「知略型」の印象が強かった王騎将軍から矛を託された信が、自分と同じ「本能型」であることを皮肉にも感じながら、喜んでいるようにも思えますね。

と、同時にこの時、麃公は敵将の慶舎も自分と同類の「本能型」であることにも気づくのです。

この夜、麃公は飛信隊の元を訪れ「飲むぞ小童ァ」と言って自ら持ってきた酒を飲み始め、

自らの盃を差し出し「飲めい小童ァ、今日の勲功者は貴様じゃァ」と信を褒めて声をかけます。

麃公は話の最後で「“火つけ役”が“火の起こし場所”に出現できるかどうかじゃ」と話します。

その言葉を聞いてみんなはわけがわからないと言いますが、信だけが「その意味は分かる…それはぜってぇ外しちゃいぇねェんだ」と答えます。

その信の言葉に、麃公は少し嬉しそうな表情をしているように見えます。

そして最後に「この大戦で化けてみせろ。童、信」と期待を込めた言葉を告げるのでした。

また李牧の密かな動きに気づいたのも「物足りない」と感じていた麃公でした。

開戦16日目、合従軍各軍から千人ずつ選出された部隊が李牧軍の元に向かうわずかな砂塵に麃公は気づいたのでした。

そして麃公は動き始め、信もその動きに反応し、飛信隊も行動を共にすることになります。

追撃していった麃公は李牧が発動した「流動」を「本能の目」で突破し、ついに李牧の前にたどり着きます

この時、李牧は麃公のことを「私の理解の範疇を超える“本能型の極み”にある武将のようです」と感じます。

しかし李牧はあくまでも「知略」であり、この場に「武」として麃公の前に立ちはだかったのは王騎を討った「龐煖」でした。

龐煖と対峙した麃公は、龐煖と会ってようやく王騎が討たれた理由がわかったと言います。

龐煖からは武将の臭いはせず、そのくせ凄まじい武の臭いを放つ「異質の者」であるからだと言います。

そして戦いながら龐煖と会話をするうちに、麃公は「己の中の大いなる矛盾に気付かず一人もだえておるただのど阿呆じゃ」と龐煖の本質をつきます。

と同時に「たしかにその答えは戦場にあるぞォ」と言ってまた龐煖に殴りかかるのです。

李牧軍に囲まれ麃公兵が倒され、ついにその場で一人になってしまった麃公に信が「助けにいくぞ」と声をかけます。

しかし麃公はフッと笑い「童、信」と声をかけ、指をさして「前進じゃァ」と言います。

ここは信の火を燃やし尽くす場所ではないと言い、信に咸陽に向かうように言うのです。

そして麃公は信に自らの「盾」を投げて、後を託します。

これは王騎将軍が矛を渡したのと同じく、信へのメッセージですね。

最期は信に「火を絶やすでないぞォ」と言う言葉を残して、龐煖の左腕を折ることを手土産に麃公は戦場に散っていったのでした。

麃公は信が「本能型」の武将の片鱗を見せつつあることを認めていました。

麃公とともに過ごした時間は信にとって、王騎将軍から教わったことの上にまた別の将軍としての生き方や、戦への心構えを学ばせてくれたと言えるでしょう。

「大炎」を自ら起こす、「大炎」が起きる場所を読み解く、これが麃公の大きな特徴であり、信が受け継いだものであると言えます。

麃公についてのエピソードが本当に長くなってしまいました。

しかし「本能型」を語る上で「麃公」について簡単にすましてしまう訳にはいきません。

麃公の武将としての「生き様」も是非一度じっくり読んでいただきたいと思います。

 

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【キングダム】本能型の武将②龐煖

龐煖は李牧と同じく趙国の新三大天の一人です。

自らを「我、武神、龐煖也」と名乗ります。

その「龐煖」の名前が初めて登場するのは秦軍を率いることになった王騎将軍に対して昌文君が名前を発した場面になります。

龐煖は王騎の妻となるはずだった六大将軍の一人「摎(きょう)」を討った謎の人物です。

その時は、ただ「強者」を求めて「摎」を討ったのですが、それを知った王騎に逆に斬りつけられ、その後戦場に姿を現すことはありませんでした。

そのため、昌文君の中ではすでに龐煖は亡くなっている存在になってしまっていました。

昌文君は龐煖のことを「完全なる個」であり、「おぞましい程に純粋な“武”の結晶」だと説明しています。

そのしばし後、昌文君は、龐煖が趙軍総大将・三大天として戦場にやってくることを聞き、王騎将軍が九年前に刻まれた深い因縁に決着をつけるために戦場に戻ってきたことに気づくのでした。

 

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「馬陽防衛線」での龐煖

龐煖は山中で野営していた飛信隊の前に突然現れて「我は天の災い」と言って、飛信隊のみんなを切り刻んでいきます。

龐煖は羌瘣に「我を呼んだのはお前のようだな。子供だが命をもらうぞ」と言います。

龐煖は羌瘣が「神を堕とす者」である蚩尤であることを知って「荒ぶる神“宿す者”と“堕とす者”どちらが天に選ばれる強者が決めよう」と言って一騎打ちをすることになります。

龐煖は「王騎」との戦いに決着をつけることが一つの目的でこの戦場に出て来ていましたが、この場では羌瘣に対して「反応」して飛信隊の元に現れたのでした。

この「何かに対して“反応”して」と言う部分は「本能型」にあてはまるのではないでしょうか。

羌瘣は信に龐煖のことを「求道者」であると伝えますが、信に負けず劣らず、こちらも「求道者である龐煖」が何をしたいのか最初に登場したときは分かりませんでした。

軍を率いて勝利に導く他の武将とは明らかに違い、一人で「個」の「武」として動いているのが龐煖と言えます。

秦・趙の開戦から五日目、両軍の大将である龐煖と王騎が対峙することとなります。

その時、王騎は「五日、いや九年」と言って、摎を討たれた時からそれだけの時間がたったことを始めて口にし、ついに決着をつけることにするのです。

龐煖は王騎と再び戦いながらも、王騎の刃の重さが腑に落ちません。

すると王騎は龐煖に「命の火と共に消えた彼らの思いが全てこの双肩に重く宿っている」と伝えます。

信はその言葉を聞いて理解できますが、龐煖はそのことを理解しようとはせず、王騎と龐煖は相容れないまま勝負が続きます。

死地に追い込まれた王騎でしたが、ついに龐煖を討つという瞬間に趙軍の魏加が放った矢が背中に刺さり、動きが止まったところで龐煖に胸を貫かれてしまいます

その卑怯とも言える矢を放った魏加を信は一刀両断に切り捨てます。

王騎はまだここは死地ではないと言って、自らの矛を再び龐煖に振り下ろします。

その力に対峙して龐煖は「貴様は一体何者だ」と王騎に聞きます。

すると王騎は堂々と「天下の大将軍ですよ」と答えて見せたのでした。

残念ながらこの場で信にとって大きな存在であった王騎が亡くなることになります。

去り際の李牧の問いかけに龐煖は「死んだのは王騎だが勝ったという手応えはない」と答えます。

そしてまた「こんな戦場に興味はない」と言ってその場を去っていくのでした。

 

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「合従軍との戦い」での龐煖

合従軍の戦の終盤、李牧が自ら軍を率いて秦の咸陽を攻めに向かいます。

その時、李牧は本能で追ってきた麃公と向き合いますが、その麃公と実際に戦かったのは龐煖でした。

こちらの詳細については先の「麃公」の所に書いていますので、そちらの内容をご覧ください。

麃公を討ったのち、龐煖は秦王嬴政が民を率いている「蕞」にやって来ます。

その時も龐煖は「天が覗いておる、この城を。“畏れ“ではない”興味だ“」と言います。

李牧からすれば、すぐにでも蕞の中に入って城を落としてもらいたい所ですが、その李牧の思惑通りにいかないのが龐煖です。

龐煖自身が何か(強者)に「反応」しないと動くことはないのです。

しかし楊端和擁する山の民が援軍に来たことで、その場に再び龐煖が登場します

楊端和との一騎打ちになるところに今度は信が立ち上がり、龐煖の前に向かいます。

この時、龐煖の一撃をくらった信が龐煖に言ったのは「一撃の重みが軽い」と言うことでした。

そして信に深手を負わされた龐煖は「何だ…何なのだ貴様らは…!!」とまたしても自らの中の疑問と向き合い、この場を去ることになるのでした。

 

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「朱海平原の戦い」の龐煖

信が王騎の矛を趙の岳嬰に振り下ろした時の衝撃を龐煖は朱海平原から少し離れた山地で感じ取り、咆哮を上げます。

ここでもまた感じ取ったことに「反応」していますね。

十五日目、李牧本陣に龐煖が現れ、李牧の元に向かいます。

そして李牧に龐煖は「“答え”をもらいに来たぞ」と言います。

その言葉を聞いて李牧は「約20年前、我々が初めて会った刻にかわした“約束”。その約束を果たす日が今日です」と答えます。

続けて李牧は「私は“答えに導く者”だったはず。あなたの求める“答え”を今持っているのは別の人間です。そしてあなた自身もきづいているはずです、それが…誰であるのかを」と告げます。

いよいよ飛信隊が李牧本陣に到達するという時、龐煖が矛をふるい、先頭にいた飛信隊の古参の去亥が切り刻まれてしまいます。

羌瘣は信と龐煖を戦わせないために立ち向かっていきますが、龐煖に足をつかまれ何度も何度も地面に叩きつけられ最後に投げ飛ばされ、その羌瘣を受け止めたのが信でした。

そして信は「龐煖、お前は何なんだっ」と叫び龐煖の前に出ていきます。

信はやはり龐煖の存在が理解できないのですね。

龐煖は信が手に持っていた矛を見て王騎を思い出し、また怒りの咆哮をあげます。

龐煖は龐煖で、王騎の存在がいまだに解決できていないと言う動揺がわかりますね。

龐煖と信の一騎討ちを見つめながらカイネが李牧に「龐煖様は本当に何なのですか一体」とみんなの疑問を代表して尋ねます。

李牧と行動を共にしているカイネすら龐煖については理解できていないのですね。

李牧の答えは「龐煖は我々“人”の代表です」と言うものでした。

李牧は「“求道者”とは文字通り“道”を求める者。そしてその道とは“人の救済”です」と言い「求道者は彼らの中の一人でも人を超え神に近しい領域に立つ時、我々“人”は今とは違う上の存在に変化し、争いを止め苦しみの世から完全に解放されると本気で信じているのです」と続けます。

龐煖は「全てをかけて武神にならんとする道を歩んでいるのだ」と言います。

李牧が龐煖について説明している間にも龐煖と信の戦いは続いています。

カイネはまた「どうして信が龐煖に立ち向かっていけるのか」と聞きます。

李牧は「龐煖が人の代表ならば、彼も、いや彼らも人の代表です」と答えます。

李牧が「私が龐煖の道を答えに導く者。そして信はその“答えを持つ者”」と言います。

先ほど、李牧が龐煖も気付いているはずだと直接話していたことですね。

時を同じくして龐煖は信に「なぜ俺に抗える。貴様らは一体何なのだ」と問いかけます。

すると信は王騎将軍が答えたのと同じく「天下の大将軍だっつってんだろーが」と答えるのです。

龐煖と信はお互いがお互いを「何者なのか」と問いかけながら戦っていますね。

本陣にいる李牧は「あれが龐煖の“対極にある力”龐煖が理解できない力です」と言います。

十七年前、摎を討った時、龐煖は王騎の「力」に出会ってしまい、八年前馬陽で王騎と再戦した時も龐煖は一人の力では王騎に勝てませんでした

李牧は王騎との再戦を見て、龐煖は「十七年前もすでに人の武の極みに達していてなお王騎に敗れたのではないかと思った」と話します。

周りにいる参謀たちは「矛盾した話に聞こえる」と言います。

李牧は「ええ、矛盾しています。しかしその矛盾こそが“答え”です」と言います。

この矛盾に麃公は一騎討ちの時にすでに気付いていたことを李牧は思い出します。

ここで李牧は「個で武の結晶となった龐煖とは真逆…関わる人間達の思いを紡いで束にして戦う力です」と信のことを指して言います。

確かに信は自分にみんなが力を貸してくれていることを感じていますね。

そして龐煖に対して「それがねェから龐煖の刃は…痛ェだけで重くねェんだ。蕞で戦った時と変わってねェ。龐煖、お前の刃は重くねェんだよ」と信は告げています。

しかし龐煖は「何度も何度も同じことを。それがそもそもの誤りだと。その連なりこそが人を人に縛りつける鎖。その暗き鎖を打ち砕くのが我が刃。我龐煖、我“武神”也」とこの期に及んでも叫びます。

その龐煖の言葉を聞いて李牧は「違う」と言います。

そして「武の極みに立ちながらその“矛盾”を気づかぬ龐煖に麃公は阿呆と言った。その矛盾こそが龐煖がつきつけられた“答え”」であると言います。

「人を上の存在に引き上げるべく超越者たらんとその力を天に示す龐煖が、正に“人の力”を体現する者達に勝てぬという現実。つまりそれは…誰がどう足掻こうが人が人を超える存在には成り得ぬ。所詮人は人でしかないという天からの残酷な“答え”です」と李牧は言い切るのでした。

ここに来てようやく龐煖は「なぜだ。なぜこんなことが起こる…お前は…お前達はなぜ我が刃に抗える…道を極めし我が刃に…なぜ。道が…間違っていたとでも言うのか…いや…そもそも道がなかったのでは、人にそんな道など」と、思い、龐煖は目を見開きます。

それでも「いやそんなことは、道が無いなど、そんなことは断じてない」と思い刃をふるいます。

求めていた“答え”にいきつきかけるも、龐煖自身がそれを認めること、受け入れることはできないと思ってしまったのですね。

信の矛を受けながら龐煖は最期に「お前はっ、お前達はっ」と言う言葉を遺して信に斬られてしまいます。

最期に龐煖の脳裏に浮かんだのは赤子の時に両親の元から求道者に連れ去られたことでした。

ここに龐煖の長い「求道者としての道(生)」は終わることになったのでした。

龐煖が知略ではなく「武」の「本能(反応)」で動いていることは間違いないと思われます。

龐煖の「武」に関して「個」としての力量とその迫力はすさまじい物がありました。

最終的に龐煖は自らの「道」に納得したのか、信には理解できたのか、結局この二人を本陣から見つめていた李牧だけが「龐煖が何者だったのか」と言うことをはっきりと理解していたように思われます。

読めば読むほど難しさを感じてしまいますが、秦と趙の戦の度に龐煖は登場しますのでじっくりその言動を追ってみるのも良いのではないかと思います。

 

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【キングダム】本能型の武将③慶舎

慶舎は趙国の将軍です。

本能型の武将で、戦局のカギとなる点を探すことから「沈黙の狩人」として恐れられる実力者です。

慶舎が初めて登場するのは、李牧の伝言を告げるために龐煖の元を訪れた時です。

その時、慶舎は龐煖に対して「人の域を超えてもなお迷いに捕らわれることがあるのですね」と発言しています。

この時にはまだ慶舎がどのような武将であるかは描かれていません。

 

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「合従軍」での慶舎

合従軍の時、趙軍の副将となったのが慶舎です。

突撃してきた麃公の動きを読むことができたのが「慶舎」でした。

そして麃公より先に戦場に火を起こしたことからも慶舎が「本能型」の武将であることが分かります

李牧は慶舎のことを「蜘蛛の如くからみつくような罠をしかけ自らはただひたすら獲物が跳び込んで来るのを待つ男」であり、李牧にとって「本能型の武将で最も恐ろしいのが慶舎である」と合従軍総大将である春申君に話しています。

 

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「黒羊丘の戦い」での慶舎

慶舎は黒羊丘の戦いにおいては趙国の総大将となります。

そこで共に戦うのが離眼の紀彗であり、慶舎は紀彗に初めて会った時に「同じ匂いがする」と告げ、副将を頼んでいます。

黒羊丘の戦いにおいては五つの丘での陣の取り合いが起こります。

その時、慶舎は紀彗たちに「まだ下で桓騎の匂いを嗅いでいないからだ」と言います。

先ほど紀彗に対しても使っていましたが「匂い」という言葉は明らかに「本能型」の武将が使う特有のものでもないかと思えます。

黒羊戦四日目になっても秦将である桓騎は動きません。

普段であれば自ら動き始めることのない慶舎の方から動き、桓騎に打撃を与えるために飛信隊を討ちに向かいます。

そして信の前に現れた慶舎は「李牧様が桓騎と並べて名指しであげた標的だ。確実に首を狩り取れ」と命じます。

この「狩り取る」と言う言葉を慶舎が使うのは彼の冷酷さを表していて印象的ではないかと思います。

話を戻して、慶舎の側近をつとめる金毛は、この慶舎自ら動いた行動に違和感を覚えます。

桓騎が現れないことへの「焦れ」から動き、桓騎への「報復」に見えると感じ取ります。

その判断は正しく、桓騎はこの好機に「丘の下に出てしまった」慶舎の元にゼノウ一家を送り込みますが、紀彗たちの助けで慶舎はその包囲を脱出することになります。

その慶舎を飛信隊は追いかけますが、その時慶舎は信に「かつての六将級と言われる桓騎と三大天の最後の一席につこうとしている私、二人の傑物の戦いだ」と言い、「来るには五年早かったな、飛信隊」と言ってその場を立ち去ろうとします。

しかし那貴一家がその足止めをし、ついに慶舎と信の一騎討ちが始まります。

冷静で無表情を通す慶舎ですが、信と斬り合っているうちに「妙だな…この男のことはずっと前から見ている…李牧様と同じようにその成長を注視していた。しかしこの男は想定していたよりも…はるかに大きい。いつの間にこれ程の成長を…おのれ…今度はこちらにっ…“凶”とー」と考えたところで信に斬られてしまいます。

倒れた慶舎は最期に空を見つめて「無念…恩を返しきれなかった…」と李牧に対して思いながら息絶えていきます。

慶舎は「本能型」とは言え、麃公のように激しく感情が前面に出るという武将ではなく冷静に観察して動かない印象があります。

しかし自らが張り巡らせたアミによって戦況が動くことを感じ取り、敵を狩り取っていった武将でした。

表情があまり変わらないので考えていることが分かりづらく、ある意味「不気味」にうつる「本能型」の武将と言えます。

 

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【キングダム】本能型の武将④尭雲

堯雲は秦国と趙国が朱海平原で戦った時に初めて登場します。

李牧率いる趙国中央軍に配置されています。

堯雲は、趙国左翼に位置する趙峩龍とともに、「元・趙国三大天、藺相如」の側近だった者です。

そして堯雲はかつての主・藺相如軍の「武」そのものと言える人物です。

また藺相如は死に際に堯雲と趙峩龍に言葉を遺しており、その言葉に出て来た場所が今回の戦場になっている「朱き平原」である「朱海平原」と結びついてくるのでした。

堯雲は初めて玉鳳隊の王賁と飛信隊の信に対峙した時に「あの二人は嫌な臭いだ」と「感覚的・本能的」な言葉を発しています

この発言の「嫌な臭い」とは「かつて列国に禍をなしたあの六人(王騎たち六大将軍)と同じ臭い」と言うことを指しています。

 

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「朱海平原の戦い」での堯雲

堯雲軍一万と飛信隊八千の戦いが始まります。

その戦いの中で羌瘣は現状を「劣勢である」と判断し、分析します。

そして羌瘣は信自らが率いている所だけが戦術が後手に回っていないことに気付きます。

その為、羌瘣は信の元に向かい、ともに本陣にいる軍師河了貂のところに行きます。

そこで信が部隊の動きを読み言葉にします。

それを聞いて河了貂は信にどうして分かるのかと聞くと、信は「直感だ」と答えます。

河了貂と羌瘣が出した答えは敵将・堯雲が信と同じ「本能型の武将である」と言うことでした。

ただの「本能型」ではなく「知略もしっかり兼ね備えた本能型だ」と河了貂は判断します。

堯雲との戦いにおいては「本能型」である信が飛信隊全軍の指揮をとることになります。

堯雲が「大炎を起こす」ところを探りあてた信はついに堯雲と対峙します。

そして王騎の矛をふるいますが、まだその矛を上手く扱うことができていません。

すると堯雲が「矛の嘆きが聞こえるようだ」と言って信が王騎の矛を受け取ったことを否定するような発言をします。

しかしその言葉を聞いて、信は王騎の最期を思い出し、怒りを覚え全力で矛をふるいます。

そして信の渾身の矛を受けた堯雲は考えを改めて「王騎の矛を手にとる資格がある」と言って「重要なのは貴様が“人の強さ”が何かを知っていることだ」と言います。

この言葉はまるで龐煖がさまよって探している「応え(本質)」をついているような気がしてきますね。

十五日目、朱海平原の戦いの最後の日に、堯雲は再び王賁と対峙します。

その時、堯雲は突然「お前は中華について考えたことがあるか」と話し始めます。

堯雲はかつての主、藺相如が話したことを語ります。

堯雲は「大いなる時代、かつての藺相如の三大天と秦国六将の時代における“武”はそれまでの歴史の中で不自然なほど突出していて、そのことを藺相如は“中華のうねり”と解いていたと」言います。

続けて「今、その六将時代を継ぐお前達の時代が来ようとしている、無論それは李牧様の時代でもある。俺はかつての黄金時代の人間でもあり今の時代の人間でもある。その俺の目は二つの時代の決定的な違いを捉えている。何か分かるか。武の話ではない」と王賁に尋ねます。

すると王賁は「王か」と答えます。

その答えを聞いて堯雲は「その通りだ。中華の武力統一を本気で己の道とする秦王嬴政の存在だ。そんな“特異な王”まで重ねて現れた。中華のうねりは今極限に向かっているのだ。一度“応え”を出せと。“一つになるのか”“そうでないのか”の応えだ。分かっているか、王賁。お前達が立っている場所が」と諭すように語りかけます。

そして堯雲と王賁の一騎討ちの場面を迎え、ついに王賁の槍が堯雲の胸を貫きます

堯雲は馬上で血を吐き、王賁は馬から地面に落ちます。

その王賁が堯雲の軍の者に討たれようとするところに、信が飛び込んできます。

王賁と信の二人を討とうとする者たちを堯雲は「待て」と言って止めます。

そして堯雲は「逝く前にその二人には伝えておかねばならぬことがある」と言って藺相如から預かっていた言葉を二人に伝えます。

それは「お前達が本当に中華を一つにする刃足らんと願うのならば胸に深く刻んでおけ。何があろうと必ず振り上げた刃は必ず最後まで振り下ろせ」と言う言葉でした。

その言葉を王賁と信はしっかりと聞きますが、信は何の話をしているのかきちんと分かってはいないような反応をします。

そのため、最期に堯雲は「中華の応えに近づく日が来ることがあれば意味が分かる」と言い残しました。

そしてこの馬上で堯雲は主である藺相如と過ごした日々を思い返しながら戦死します。

堯雲が遺した藺相如からの言葉については、堯雲と趙峩龍は初め「自分たちがそれを断ち切る役目を担うために託された言葉」と考えていました。

しかし今、目の前に現れた信と王賁にこの先彼らが進んで行く「中華統一」と言う大業を目指すことに対しての覚悟を伝えるための言葉に変わりました

一度振り上げた刃を下ろすのは中華を統一したその時であると念を押し、中途半端な覚悟ではいけないと言っているように思えてきますね。

堯雲は熟練感のある「本能型」の武将として登場していますが、この場面での役割は今書いたように信たちに「中華の先」を考えていた藺相如の思いを伝えることだったと思われます。

ここでもまた、信たちの世代に「思い」が繋がれていったことになります。

 

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【キングダム】李信は本能型を極める?

信は漂と言う唯一家族呼べる友と過ごした日々の中で「天下の大将軍になる」と言う夢を抱いていました。

その漂が道半ばで倒れたのち、漂と見た目がそっくりな秦王嬴政と出会い、本当の意味で戦場に出ていくことになりました。

信は初陣で麃公が指揮する蛇甘平原の戦いに参戦し、その途中で王騎と出会いました。

そしてそこで信は王騎から武将には「本能型」と「知略型」がいることを教えられました

それまで信はそんなことを考えたこともなかった訳です。

 

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場陽攻防戦の李信

参戦した場陽攻防戦の時、信は秦軍総大将である王騎から自らの百人隊に「飛信隊」と言う名前を与えてもらいました。

しかし王騎は戦場に戻ったのも束の間、龐煖に討たれ、信に自らの矛と言葉を遺して先に逝ってしまいました。

それから信は、王騎から最期に言われた言葉を実践するべく、多くの戦場に仲間とともに身を置き武功を上げていくことになっていきます

 

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合従軍の戦いの李信

麃公は戦場での信の動きを見て、早い段階で自分と同じ「本能型」であることに気づきます。

その「本能型」の片鱗を見せたのは「函谷関の戦い」で、麃公の軍が慶舎の罠にはまり身動きがとれなくなり、後方を万極軍に攻められた時に自らの直感でそこが危険であると察知し、信が素早く決断し隊が後方に到着し、麃公軍を救った一連の動きにありました。

しかしその頃の信には自分が「本能型」であるという自覚はなく「直感」で動いたという表現でした

 

朱海平原の戦い

十四日目を迎える時、信は秦国右翼の大将を担うことになりました。

亜光将軍と王賁が重傷で右翼の指揮をとることができなくなったからでした。

そのため、信は自ら先頭にたって矛をふるいます。

その姿を見て趙国の趙峩龍は「王騎のようだな」とつぶやいています。

そして「堯雲が“六将の気配を感じる”と言った見立ては誤りではなかったということか」と納得します。

そして趙峩龍は信との一騎討ちで敗れ、後を堯雲に託すことになります。

朱海平原の戦の最終日となった十五日目には信は敵将の堯雲と、宿敵とも言える龐煖を討つという大きな働きをするに至ります。

龐煖との戦いについては「龐煖」」の項目にて説明をしてきましたが、飛信隊の側の話を少し付け加えさせていただきます。

龐煖との死闘の中で、王騎と麃公と同じく信は命を落としていました。

飛信隊のみんなが信の命が絶えていることに気付いたのは龐煖を倒してからでしたが、河了貂は信の様子がおかしいことに気付き軍師でありながら戦場の真ん中の信のいる場所に来ていました。

羌瘣も途中で異変に気付き信を止めようとしていました。

飛信隊の古参の者たちは信の「死」を受け入れられず、戦の最中でありながら李牧を追いかけることができなくなりました。

亜光軍の亜花錦は、飛信隊が動かず、信が倒れたことを聞いて「信が倒れたらあの隊は動けぬ。飛信隊はよくも悪くもそういう隊だ」と判断しています。

飛信隊のみんなの信への信頼の厚さ、またみんなが信を中心に集ってきていることがよく分かる言葉と言えます。

河了貂は信に「まだ天下の大将軍になっていない」と言って泣きつきます。

その河了貂のところに羌瘣がやってきて、その場をどくように言い、羌瘣は蚩尤族に伝わる禁術でなんとか信を救おうとします。

羌瘣は自分の命をかけて信を救いに向かい、漂の助けもあり、ようやく信は生き返ることができました

羌瘣はと言うと、命を使い切りその場に倒れてしまいそうになるのですが、先に死んだ飛信隊の古参である、松左と去亥に助けられます。

信と羌瘣、この二人の帰還によって「飛信隊」は再び戦場に戻ることのできる状態になります。

ここに信は長きに渡る因縁の相手である「龐煖」との戦いを終わらせることになります。

戦場で信が強くいられるのは、戦ってきた全員の思いを余さず紡いでいるからです。

その為、信が矛をふるうとまるで王騎が矛をふるっているかのように他の武将から見える時があるのです。

この点に関して、飛信隊の軍師・河了貂は趙軍の金毛に狙われた時、金毛が言った言葉に対して、河了貂は信の気持ちを代弁している場面があります。

「仕方がないから信はいつもこう言うんだ…金毛、お前の思いもオレ達が背負っていくって…」と言う信の言葉を伝えます。

そして「ちゃんと分かるから信は強いんだ…そして飛信隊も…」と付け加えます。

信の強さの根源にある「気持ちの強さ」であり、信を支えている大切なポイントですね。

信は朱海平原の戦いを経て、「李信」と言う名前になり、ついに「将軍」となりました

王騎将軍の矛と麃公将軍の盾を受け取った李信がこの先どのような将軍として武功をあげていくのか楽しみですね。

「本能型の極み」と称された麃公将軍の近くで共に戦った時間が生かされ、その存在すらも超えていけたらきっと同じ「本能型」として信に期待をかけ、共に酒を飲み、可愛がった麃公将軍も喜んでくれそうですね。

この先、李信将軍の起こす「大炎」がどのようなものになるのか早く見てみたいものです。

 

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まとめ

今回は「知略型」と「本能型」の武将について書いてみました。

中でもその特徴が印象に残る「本能型」の武将にスポットを当ててエピソードを交え、詳しく紹介させていただきました。

稀有な存在としてその両方の型を操ることのできる武将もいて、その筆頭が現時点では李牧であると言えそうです。

この先は、秦国が中華統一に向けて各国とより一層激しい戦を繰り広げる時を迎えます。

飛信隊は副長の羌瘣と軍師の河了貂が「知略」の部分を受け持っています。

その環境で信が「李信」と言う名前の将軍となった今、麃公将軍に見つけてもらった「本能型」の才能を存分に発揮して、現在の秦国の将軍の中では「本能型」の代表となっていくように思われますね。

李信、王賁、蒙恬の若き三将がこの先「知略型」と「本能型」を駆使してどのように戦乱の時を駆け抜けていくのか、今後その点にも注目していただけたらと思います。

 

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