【キングダム】江姫とは何者?江姫は悼襄王暗殺の主犯格!?

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本記事では『キングダム』に登場する江姫(こうひ)についてご紹介していきます。

秦が中華統一に動き出す中、李牧派と郭開派の間で揺れる趙国。

朱海平原の敗戦を受け李牧は捕らえられ、救出のためにカイネたち李牧派が動き出し、不毛な内乱が繰り広げられることとなりました。

そんな趙国の命運を握っているのが江姫という女性

今のところ作中では目立った存在ではありませんが、『キングダム』が史実をモデルに描かれていることを踏まえると注目しておきたい人物なのです。

また、衝撃のシーンとなった悼襄王死亡の犯人としても怪しい人物

それでは江姫とは一体どんな人物なのか、作中で見える人柄から史実に見る人柄、悼襄王暗殺犯としての考察まで分かりやすくまとめました!

 

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【キングダム】江姫のプロフィール

キングダム/©原泰久

江姫(こうひ)は趙・悼襄王の妃

悼襄王との間に、末子となる遷を産みました。

初登場は第644話で、悼襄王の背後に座しています。

李牧派と郭開派に分かれる趙においては、郭開派と言える人物です。

 

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【キングダム】江姫の特徴

キングダム/©原泰久

江姫は細いツリ目にストレートの黒髪を束ね、多肉植物のような冠をしている姿が特徴です。

 

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【キングダム】江姫の性格とは?

キングダム/©原泰久

江姫は作中でまだあまり描写されていないため、どういった性格なのかはよく分かっていません。

今のところ口数少なく、秦太后に比べると控えめな印象ではありますね。

ただし史実での江姫は、目先の欲に囚われ、その行動によって趙を破滅に導いた「悪女」という印象があります。

それでは史実ではどのように書かれているのか、簡単にまとめていきます。

 

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【キングダム】江姫は実在した?

キングダム/©原泰久

江姫は実在した人物で、悼倡后(とうしょうこう・姓名は不詳)として主に『列女伝』に記述されています

悼倡后は邯鄲・倡の出身の遊女であり、最初に嫁いだ婚家の一族を混乱させて寡婦となったそう。

遊女はまだしも、寡婦となった経歴を見ると何だか危険な香りがしますよね。

しかし悼襄王はその美貌に惚れこみ悼倡后を娶ります。

李牧がやめておいた方がいいと諫言したのですが、聞き入れられませんでした。

そして悼倡后は公子遷を出産。

しかも悼襄王に寵愛されていた悼倡后は、王后とすでに太子となっていた嘉のことを悼襄王に讒言することで、太子を遷に、后を悼倡后にさせたのです。

これにより、紀元前236年に悼襄王が死去すると遷が趙王として即位。(幽繆王)

ちなみにこの頃、秦が中華統一戦争を始めたり趙に大飢饉が発生したり、趙という国は滅亡の危機にあったのですが、悼倡后は悼襄王の兄・春平侯と密通していたようです。

さらに悼倡后は秦の賄賂を受け取っており、幽繆王に讒言して李牧を殺害させてしまうのです。(紀元前229年)

李牧がいなくなった趙は邯鄲を落とされ、幽繆王は捕らえられてしまいます。(紀元前228年)

すると同年、悼倡后は大夫たちに太子嘉や李牧に関する恨みをぶつけられ、一族もろとも殺害されてしまったのでした。

大夫たちは嘉を王に立て亡命政権・代を建てるのですが、嘉が秦軍に捕らえられ趙は完全に滅亡してしまいます。

つまり悼倡后の愚行によって趙が滅びてしまったと言えるのです。

亡国の危機にかかわらず自分の欲を優先して国政を乱し破滅に導いてしまった…そんな愚かな悪女として江姫は史実に残されていました。

 

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【キングダム】江姫と悼襄王の関係性とは?

キングダム/©原泰久

江姫は悼襄王の妃です。

作中では王后が出てきていないのでこの時点で存命しているのかは分かりませんが、子が末子ながらも江姫が玉座に付き従っているところを見ると、悼襄王の寵愛を受けていることが分かりますね。

しかし悼襄王は第644話にて死亡してしまいます

その直前に悼襄王は江姫に英書記官を呼ばせ、王位継承に関する言葉を伝えていました。

 

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【キングダム】江姫と太子嘉の関係性とは?

キングダム/©原泰久

江姫にとって太子嘉は自分の子ではありません

むしろ太子嘉が王位継承権を持っているせいで太后にはなれないので、密かに邪魔に思っている可能性は高いでしょう。

特に嘉は人望も厚いので排除したいはずです。

 

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【キングダム】江姫と公子遷の関係性とは?

キングダム/©原泰久

江姫にとって公子遷は自分の子です。

つまり遷が王位を継承すれば、江姫は太后という立場を手に入れます

そして悼襄王が「太子嘉ではなく末子の遷に王位を継がせる」という遺言を残したため、江姫は正式に太后になりました。

そして江姫は英書記官を伴い郭開に悼襄王の遺言を伝え、郭開と共に趙の権力を握ったのでした。

史実では悼襄王存命時に太子が変更されましたが、『キングダム』では悼襄王死亡後に太子変更が明らかになった形ですね。

この点が悼襄王死亡に対する江姫犯人説に関わってきます。

 

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【キングダム】悼襄王を殺したのは江姫?

キングダム/©原泰久

悼襄王は第644話に急死しました。

その死因は明らかに毒殺

いつものように美少年たちを伴い入浴し酒を飲んでいたところ、突然胸の痛みを訴え、体中から血を吹きだしたのです。

悼襄王は少年たちに「早く医者を呼べ」と訴えますが、少年たちは動くことはなく、悼襄王はそのまま息を引き取ったのでした。

作中では悼襄王毒殺の真犯人は明らかになっていません

しかし少年たちが計画したとは思えず、恐らく誰かが彼らを利用し悼襄王殺害を目論んだと考えられます。

それでは犯人は誰かと考えると、江姫の可能性が一番高いのです。

それは悼襄王死亡の後に遷が王位に就いたから

悼襄王は王位継承権を嘉から遷に移す旨を、江姫と英書記官に伝えていました。

江姫は王后に、そしていずれ太后になれるわけですから十分なはずですが、もし悼襄王が亡くなれば“今すぐに”太后として遷と郭開を手中に趙の権力を握れるわけです。

つまり遷が王位継承権を得た時点で、悼襄王死亡による恩恵を最も受けるのは江姫。

犯人として一番怪しいのは李牧派であり作中でも疑われていますが、その時処刑寸前の李牧を救出するために奔走していた彼らがそんな遠回りな策を行ったとは思えません。

むしろ「誰が考えても李牧派だろう」と思われることこそ江姫の思惑通り。

実際に太子嘉を擁した李牧派は「逆賊」として追われる身となりました。

権力を握れる上に、目ざわりな太子嘉派を滅することで一石二鳥ですよね。

あくまで予想でしかありませんが、秦から賄賂を受け取ってしまうほど自己本位な史実上の姿を見ると、江姫ならやりかねないと思うのです。

 

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まとめ

キングダム/©原泰久

江姫は趙・悼襄王の妃で、末子遷の母親です。

悼襄王が死亡し、彼の残した遺言により遷が王(幽繆王)となり、趙太后になりました。

そして注目は、史実では趙の破滅を呼んだ人物であること

秦が中華統一に動き出したことで趙との戦争が本格化してきましたが、今後迎えるであろう趙滅亡が史実に則って描かれるのであれば、そのカギは江姫の可能性があるのです。

作中では悼襄王暗殺を仕組んだと思われる江姫。

現時点では目立たない存在ですが、徐々に史実のような悪女ぶりが見えてくるかもしれませんので、趙滅亡のその時まで目が離せません!

 

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