【キングダム】王賁(おうほん)が討たれた!?クールな王賁の実力とは?王翦将軍とは血が繋がっていない?

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武の名門家系『王』本家の嫡男であり、主人公信とは一見全てが真逆な王賁

生まれの良さも才能の一つだ』と言い放つほど己の出自に誇りを持つ彼ですが、その血筋にはほの暗い疑惑も…。

今回は王賁の戦略・戦術・武勇の実力、プライドの高さに隠された熱い人柄をご紹介します。

 

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【キングダム】将来を期待されている中の1人

キングダムには多くの英雄が登場し、時に馬を並べて戦い、時に激しくぶつかり合い消えていきます。

強い弱いの評価も、知に重きを置くのか武に重きを置くのか、あるいは総合的なバランスの良さを取るのかで大きく変動するでしょう。

しかし、その中にあって明確に『秦の次世代を担う有望な若手』として注目されている人物が三人います

一人は主人公である

一人は王賁と同じく武の名門家系蒙家の嫡男・蒙恬(もうてん)

そしてこれからご紹介する王賁

政(後の始皇帝)は鄴(ぎょう)攻めに際し、三人に次のような言葉を直接伝えました。

必ずこの戦で大功を上げ、三人揃って将軍へと昇格しろ!

まだ年若い三人に向けてのこの言葉は、彼らならば出来るという期待あってのものでしょう。

そもそも、彼ら三人が独立遊軍である地点で、他の将軍よりも期待値が高いことがわかるというものです。

 

【キングダム】信との出会い

人と人が出会う時、必ず付きまとうのが『最初の印象』でしょう。

相手がどんな人かわからなくとも、何となく感じの良い人がいる一方で、何となく虫の好かん奴もいるものです。

そういった意味で、王賁と信の出会いは決して印象の良いものではない―むしろ最悪オブ最悪な出会いでした。

魏との戦いで飛信隊が敵将の首を取るべく魏本陣になだれ込むに先んじ、本陣を壊滅していたのが王賁率いる玉鳳隊(ぎょくほうたい)でした。

これだけならば、戦の武功は早い者勝ちの恨みっこなしなのですが、ここで王賁は初っ端から信と飛信隊を酷く侮辱します。

所詮農民』『歩兵の役目は蟻』『遊軍など分をわきまえぬことはやめろ』。

散々な言いようです。

いきなり出てきてフルスロットルで喧嘩を売ってきたボンボンにブチキレた信が剣を抜くと、王賁は『それを待っていた』と言わんばかりに馬上から信の胸に槍の柄尻で逆突きを食らわせました。

そして最後には一族の英雄であるはずの王騎将軍のことすら『分家』と見下すような言葉を吐き捨て、悠々と馬で去っていったのです。

 

【キングダム】堅物でプライドが高い王賁

王賁の性格的特徴を上げろと言われてまず浮かぶのが、『プライドの高さ』です。

王賁の9割はプライドで出来ているといっても間違いではないほど、彼は自身の胸に掲げた曇りなきプライドを原動力に生きています。

王賁のプライドの拠り所は、まずその『血筋』。

武の名門である王家、それも本家の嫡男であることの誇り。

名門王家の歴代頭主の中でも抜きんでた才を持つ王翦を父に持つ誇り。

そして家名と父に恥じぬよう、日々鍛錬に明け暮れ己を磨き抜いてきたという自負。

血筋という謂わば『持って生まれたモノ』に甘えるのではなく、与えられた全てに相応しい己であるべく絶えず努力する姿勢。

それこそが王賁の人を惹きつける魅力であり、時に行き過ぎたストイックさで己を縛ってしまう堅物たる所以なのです。

 

【キングダム】槍術の腕前は達人レベル

幼少時より優れた武人になるべく英才教育を施されてきた王賁は、将としての戦略・戦術に長けているだけでなく、一個人としてもたいへん優れた技量を持っています

中でも彼がもっとも得手とするのが

文字通り血の出る努力の果てに取得した必殺技・龍指(りゅうし)は、槍が変則的な軌道を描くため初見で見切ることはほぼ不可能、運動神経の塊である信がまるで反応できなかった代物です。

 

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【キングダム】史実では王賁は実在した?

キングダムには歴史上実在したキャラ、実在していないキャラ、実在はしていないがモデルはいると思しきキャラ、実在しているが大胆なアレンジでほぼ別人になっているキャラなどが混在しています。

その中で今回ご紹介している王賁は『実在組』に入ります。

王賁(おうほん、生没年不詳)は、中国戦国時代から秦代にかけての秦の将軍。字は典。頻陽東郷(現在の陝西省富平県東北部)の人。王翦の子。王離の父。魏・燕・代・斉を滅ぼして、秦の天下統一に貢献した。

その他わかっていることは、秦が天下統一を果たすために非常に大きな役割を果たした功績により『通武侯』(領地持ち貴族)に封じられたこと。

これは王賁が将軍として望み得る最高位を手にしたことを意味し、作中でハングリーとは程遠い名家の子弟でありながら、人一倍出世欲が強かった彼の望みが叶ったことの証です。

 

【キングダム】父親は王翦将軍

王賁の父親は王総本家現当主にして将軍職に就く王翦です。

王翦は蒙驁(もうごう)の副将として数々の武功を上げてきた優秀な武人であり、実力的には大将軍に抜擢されても可笑しくない人物でした。

しかし、彼には『王の座を狙っている』という黒い噂がつきまとっていたため、力のある野心家など危険極まりないと警戒され重用されず埋もれていました

『絶対に勝つ戦しかやらない』という合理的だがある種利己的なポリシーを頑なに持ち、危険を察知すれば作戦を無視して撤退することも躊躇いません。

有能な人材を見つければ、敵味方関係なくスカウトしようとするなど、『黒い噂』を払拭するどころか、自らペンキを塗りたくるような言動の目立つ不可思議な人物です。

 

【キングダム】王賁出生にまつわる妙な噂

エリート家系の嫡男である王賁ですが、父である王翦との関係は冷え切っています

虐待や露骨な嫌がらせ、対立などはしていないのですが、王翦の態度がどう見ても嫡男に対するそれではない――あまりに冷淡かつ無関心だというのは周知の事実。

かつて幼い王賁に王翦が槍を教えた際に周りが驚いたというエピソードが、その度合いを示しているでしょう。

武家の父親が息子に武術指南をするなど、普通に考えれば当たり前の光景なのですから。

こうした父子の歪な関係には、王賁の出生が絡んでいるとの噂があります。

その噂とは、『王賁は王翦の実子ではない』というもの。

かつて王翦は家柄的にも釣り合う朱景という美しい女性を妻に娶りました。

当時のことですから、当然恋愛結婚ではなく家同士が定めた婚姻かとは思われますが、王翦は美しく聡明な妻を愛していたようです。

婚姻後まもなく朱景は王賁を身ごもりますが、早すぎる懐妊があらぬ噂を呼びました、

曰く――朱景には婚姻前に好きな男がいた。彼女の腹の子は、王翦の子ではなくその男の子ではないか?

所謂『下げ腹』というやつです。

事の真相を問われても朱景は頑として口を開かず、何も語らぬまま王賁を出産した際に帰らぬ人となりました

王賁を産んだがために愛する妻は死んだ。挙句、生まれた子供は自分の子ではない『赤の他人』かもしれない。

そうした疑惑により、王翦は王賁に対して冷たいのではないか?

王家家臣たちはそのように感じているようです。

 

【キングダム】仲間を見捨てない熱い男

信に対しては何かと手厳しく、時に高慢とも取れる言動をする窮地で信に協力を求めた王賁ですが、玉鳳隊の部下たちへは非常に強い情をもって接しています

朱海平原の戦いで番陽が討たれそうになった際、王賁は我が身の危険を顧みず助けに入りました

そして強敵堯雲との戦いで雷獄の策にはめられた王賁を、配下の関常が助けに入った際にも王賁の仲間を大切にする行動が現れました。

二人がかりで何とか雷獄を抜けたものの、背後に迫る堯雲の刃。

ここで関常は主である王賁を守るため、自ら囮となることを選び堯雲の前に両手を広げ立ちはだかります。

本来、ここで一軍の将として王賁がなすべきことは、部下の自己犠牲を無駄にすることなく走り去ることでした。

しかし、王賁には関常を犠牲にすることは出来ず、彼はせっかく逃れた窮地に自ら再び舞い戻り、堯雲に龍指を仕掛けるのです。

王賁の龍指は見事堯雲の右腕を切り裂いたものの、堯雲の勢いは止まらず王賁は討たれてしまいました

 

【キングダム】再び戦場へ戻れるのはいつ?

堯雲に討たれてしまった王賁ですが、これを以て討ち死にと判断するのは早計でしょう。

何故なら、王賁は史実に名を残している実在の人物であり、それによると彼は秦が中華統一を果たすまで生き延びて通武侯に封じられているからです。

最も、史実の王賁=キングダムの王賁とは言い切れないので、今後の展開を見ないと明確なことは言えません。

これからが楽しみな成長途上のキャラクターであり、史実でもまだ死ぬ段階ではないので、個人的には作者が彼を殺すとは思えませんが……。

 

まとめ

名門一族の高慢ちきなエリートボンボン。

初登場時の王賁は、まさにそんな感じの嫌な奴でした。

彼に対し、良くない印象を持つ視聴者・読者も多かったのではないでしょうか?

実際、『我慢の限界だ』とキレて刃物を持ち出した信の気持ちにこそ、共感できるというものです。

しかし、王賁には大変な努力家としての一面がありました。

生まれながらにして与えられているものに恥じぬよう、日々ストイックなまでに自己を研鑽し続ける姿勢は尊敬に値します。

玉鳳隊の部下たちを、名もなき捨て駒ではなく共に戦ってきた大切な仲間と認識し、時に我が身を顧みず守ろうとするのも、彼が『してもらって当たり前』思考の若様ならぬバカ様でない証拠です。

そして史実にはない父親との関係、出生の秘密というドラマチックな背景が描かれたことで、より一層王賁というキャラクターは人間味と魅力を増しました。

初登場時の10代後半から最近の20代前半に至るまで、剥き出しの出世欲――それも信のそれとは少し違う承認欲求的なものが強い――がまるで変わらないなど、人間的に未熟で冷静さの裏に情緒不安定さが見え隠れするのも、完璧人間を目指して頑張る青年像として目が離せません。

現在は生死不明で戦場を離脱している王賁が、より逞しくなって誌面に帰って来る日が楽しみです。

 

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