【キングダム】登場人物の中で実在するのは誰!?史実との違いは?気になる主要キャラクター10選!

スポンサーリンク

キングダムは基本的には史実に基づいて描かれています。

しかし、この時代の記録は乏しく、実在したキャラクター、オリジナルのキャラクター、実在はしていたが脚色されているキャラクターと様々です。

キングダムでも主要なキャラクターは実在していたのか?

実際はどのような活躍をしていたのか見ていきたいと思います。

 

スポンサーリンク

【キングダム】秦国武将として活躍 信

キングダムの主人公である信は、実在した「李信」という武将がモデルになっています。

キングダムの連載が始まった時の最初のページを覚えていますでしょうか?

騎馬にまたがった人物に周りの兵士達が「李将軍!」「李信将軍!」と声を上げていますね。

恐らく後の信でしょう

歴史上での李信の登場は思ったより遅く、既に趙の王都邯鄲を秦が攻めている時です。

しかも、王都攻めに参戦しているのではなく、太原・雲中に出征していたのです。

この時、邯鄲を攻めたのは王翦・楊端和・羌瘣でした。

もしかしたら、史実では信より先に羌瘣や楊端和が将軍になっていたのかもしれませんね。

次の登場は、燕の太子丹と荊軻による秦王暗殺未遂事件の時です。

この事件の報復に、秦王政は王翦と王賁に燕討伐に向かわせ、燕の王都薊を落としますが、燕王と太子丹には逃げられてしまいます。

しかし、李信が別働隊千騎を率いて、暗殺の首謀者である太子丹を討ち取る手柄を上げるのです。

そんな事もあり、政は楚を攻略するにはどれ程の兵力が必要か王翦と李信に訪ねます。

王翦が六十万と答えますが、李信は二十万と答えます。

キングダムの読者なら絶対王翦の言う通りにしとけ!と答えるところでしょうねw

知略に乏しい信の言うことを信じないでほしかったですが、政は李信に楚攻略の総大将を任せます

副将として蒙恬も同行する事になり、蒙恬が一緒なら大丈夫だろうと思いきや、見事に楚の大将軍項燕にボコボコにされてしまいます。

やっぱり王翦の言う事が正しかったのですね。

その後、項燕は王翦に敗れ、楚は滅んでしまいます。

王翦はさすがですね!

敗北した将は処刑されるのが秦ですが、この時は二人ともお咎めなしだったようですね。

二人共相当気に入られていたのでしょうか。

楚は王翦によって滅ぼされ、残った国、燕、代、斉を滅ぼす過程に李信は全て関わり、多数の武勲を上げます

しかし、秦が中華を統一した頃、李信の記録は途絶えます

どのようにして最期を迎えたのか?最期は戦場だったのか?病気だったのか?

知ることは叶いませんが、史実の李信はキングダムの信のように大軍を率いて先陣に立って戦ったのでしょうね!

 

【キングダム】知らぬ者はいない始皇帝 政

言わずと知れた、初めて広大な中華を統一した秦の始皇帝です。

キングダムでの政は正義感に溢れ、民の事を最優先に考える優しい王様です。

しかし、実際はと言うと・・・結構な暴君だったようです。

自分に従わない者は処刑されていました。

敗戦の将も処刑されていたのです。

あの連戦連勝の桓騎でさえ、たった一度の敗北で、処刑する事を恐れ燕に逃亡しています。

何故か項燕に敗れた李信と蒙恬はお咎め無しでしたが・・・

恨みを買う事が多かった政には記録に残るだけでも三度、暗殺されかけています

中華を統一した後も良くなかったですね。

統一戦争により、中華の人民は疲れ切っていました。

その回復を待たないうちに、驪山陵という自分のお墓を造らせたり、阿房宮というお屋敷を造るなど自分の為に労働を強制しました。

極めつけは、万里の長城での重労働で、あまりの過酷さに死者も出る程だったようです。

統一後の重税や重労働で民の不満はどんどん膨れ上がりました。

キングダムでは「戦争をこの世から無くす」「人が人を殺さなくすむ世界となる」とまで言っている政。

史実でも確かに戦争は無くなったのでしょう。

しかし、確実に秦は滅びへと向かっていたのです。

始皇帝が死去した翌年、陳勝・呉広の乱が起き、反乱は全国に飛び火します。

そこで台頭してきた項羽と劉邦によって秦は滅んでしまうのです。

統一から僅か十五年後の出来事でした。

その後、劉邦が項羽を倒し、漢が中華を統一すると漢は四百年という長きに渡り政権を持ち続けるのです。

秦の失敗を教訓にしたそうです。

劉邦は賢かったですね!

 

【キングダム】モデルは王齕将軍 王騎

作中では死亡した今でも、絶大な人気を誇る王騎。

王騎は歴史上で実在した人物ですが、実際は王齕と書きます

そして、キングダムでは同じ六将として描かれている王騎と王齕ですが、実際は同一人物だったのでは?と言われているのです。

記録によると、王齕はほとんど活躍していません

紀元前246年、政が即位した時に、蒙驁や麃公と共に将軍に任命される。

紀元前244年、蒙驁が韓を攻め、十三城を取ったその年に没する。

これだけなんですね。

しかし、王齕と同一人物とすると、政の祖父の昭襄王の頃から活躍しており、史実でも何度も名前が出てきます

紀元前260年、趙を討って上党を獲る。

長平にて趙と相まみえ、三度の勝利を収める。

その後、廉頗に籠城作戦を取られ、攻めあぐねると白起と総大将を交代し副将となり、大勝利を収める。

他にも王陵が趙の王都邯鄲を攻めるが落とせずにいると王齕と総大将を交代しています。王齕も邯鄲を落とす事はできませんでしたが、政からの信頼は相当厚かったと想像できます。

そのまま魏を攻め、六千人を斬首し、敗走した魏兵は黄河で二万人が溺死したとあります。

キングダムファンなら、王騎は史実でも活躍していてほしいと思うのではないでしょうか。

ですので、王齕と王齕は同一人物であって欲しいものです。

ちなみにキングダムでは王騎は李牧や龐煖と戦い、敗れ死亡していますが、史実では王齕は李牧とは全く関わっておらず、戦ったことはありません

龐煖とも同じくです。

ですので、死因はハッキリしていませんが、王齕と王齕が同一人物であるなら、キングダム同様、秦の中華統一の為にかなり貢献した人物だったのは間違いないようですね。

 

【キングダム】史記での記載は二行 麃公

六将にも引けを取らない実力を持っていたとされる麃公。

男気溢れる武将で、いまでも人気ランキングには上位に来るほどの人気を誇っています。

麃公は歴史上に実在した武将ですが、その記録は乏しく、

紀元前246年、王騎や蒙驁と共に将軍に任命される。

紀元前244年、韓を攻め三万の首を斬る。

このたった二行なのです。

キングダムでは相当な活躍をし、主人公の信にもかなりの影響を与えた武将なだけに、少し寂しい気がします。

しかし、だからこそ原先生のオリジナル溢れる武将に仕上げたのでしょう。

たった二行ですが、その二行からもかなりの実力の持ち主だった事が推測されます。

なぜなら、一緒に将軍に任命された蒙驁は、キングダムでは凡庸な将としての位置づけですが、実際はかなりの数の城を落とした名将で、秦の中華統一に大きく貢献した武将の一人なのです。

そんな名将と肩を並べ、秦王政即位の時に将軍に任命されている事から、政からの期待も大きかったのではないでしょうか。

その期待に答えるように紀元前244年韓を攻め三万人を斬っています。

紀元前244年には蒙驁も韓を攻め、十三城を落としています。

総大将が蒙驁で副将に麃公だったのでしょうか?

同時期に韓を別の場所から攻めたのか、一緒に攻めたのかまでの記録はないので実際どうだったのかは分かりませんが、キングダム同様に騎馬にまたがり軍の先頭に立ち、大炎目掛けて駆け抜ける姿を想像してしまいますね!

 

【キングダム】秦建国を支えた一人 楊端和

キングダムでは凄腕の美女剣士として大人気の楊端和ですが、歴史上で楊端和は確かに存在はしていますが、実際は男です。

残念ながら男です・・・

あんな美女剣士はいないですよね・・・

それどころか、山の民でもなく平地の武将だったのです。

ですので、キングダムの楊端和は完全に原先生のオリジナルなのです。

楊端和が歴史上にて名前がでてくるのは、史実では名将だった蒙驁が死去した後からです。

紀元前238年 魏の衍氏を落とす。

紀元前236年 趙の鄴を王翦、桓騎と共に攻める。

紀元前229年 趙の王都 邯鄲を王翦、羌瘣と共に攻める。

翌年、王翦、羌瘣が趙を落とす。

こんな感じで活躍していますが、その後は消息がわからなくなっています。

記録がないんですよね・・・

実働9年くらいでしょうか。

キングダムでの功績も史実に基づいて描かれていますので、この後の邯鄲攻めにも間違いなく楊端和は参戦するのでしょう。

歴史上、邯鄲攻めで消息が絶たれているという事は・・・

もしかしたら、邯鄲攻めの最中に趙軍に討たれてしまうとか・・・

はたまた、その後も活躍し、キングダムオリジナルでのストーリーになるのか。

原先生がどう描くかが気になりますね。

余談ですが、映画のキングダムで楊端和役の長澤まさみさんがハマり役過ぎてかっこよかった!!

 

スポンサーリンク

【キングダム】趙国悲劇の名将 李牧

作中では今も中華の中心にいる趙三大天の一人、李牧。

李牧は歴史上確かに存在しています。

しかも、キングダム同様、秦の中華統一の大きな壁となって立ちはだかっています

守備の名人としてその名を知られ、何度も趙を異民族や秦から守っています。

元々は北の雁門関の長官を務めていて、匈奴を相手に戦っていました。

李牧が長官を務めている間、匈奴は趙に攻め入る事が出来なかったそうです。

その功績から、悼襄王より将軍に任命され、何度も秦と戦ったようです。

その時代、既に秦一強の状態であり、趙も長平の戦いにて大きく国力が衰退している時期で、秦の侵攻を跳ね返すのは至難の業だったはずです。

しかし、李牧は跳ね返すどころか、奪われた領地を取り返してもいるのです。

宜安の戦いでは常勝桓騎を打ち破り、大敗を喫した桓騎は秦に帰れなくなり燕に逃亡するはめになりました。

趙の生命線だった李牧ですが、その最期は意外なものでした。

秦が趙を滅ぼすため、王都邯鄲を王翦、楊端和、羌瘣で攻めます。

しかし、李牧と司馬尚の守る邯鄲を正面から落とすのは困難を極めます。

そこで王翦は、趙の家臣、郭開を買収し、李牧と司馬尚は謀叛を企んでいると趙王に讒言させたのです。

こんな戯言を一国の王が信じるのか?と思ってしまいますが、当時の趙王幽繆王はこの讒言を信じてしまい、国の存亡を掛けた戦いの最中にあろう事か、李牧と司馬尚を更迭しようとします

李牧はこの命令に従わなかった為に、密かに捕らえられ処刑されてしまうのです。

そして、その翌年、李牧と司馬尚を失った趙は秦に敗れ滅んでしまいます。

秦一強の時代に、趙を守り続けた悲運の名将李牧。

王命に逆らったのも、自分以外には趙を守る事は出来ないと分かっていたのでしょう。

趙を滅ぼしたのは秦というより、李牧を信じきれなかった趙王だったのではないでしょうか。

 

【キングダム】信より早く活躍? 羌瘣

飛信隊の副将である羌瘣。

羌瘣自身も三千人将である事から五千人将の信と合わせると飛信隊は八千人隊となります。

羌瘣は元々蚩尤という暗殺一族で政の命を狙っていましたが、信と出会い考えが変わり、飛信隊の一員となります。

桓騎軍から飛信隊に移った那貴一家もそうでしたが、信や飛信隊と少しでも過ごした者は飛信隊にいたくなるようですね。

尾兵が言っていましたが、「飛信隊は心が潤っている」だから居心地がいいのですね。

宿願だった姉の敵討ちも終わり、より一層飛信隊の為に戦う事になるのです。

舞を舞っているかのような剣技「巫舞」を使いこなし、恐らく龐煖クラスでないと羌瘣の剣を防ぐ事は出来ないかと思います。

そんな羌瘣ですが、歴史上においても存在しています。

ですが、女であったという記録は一切ありません

暗殺一族でもありません

そもそも蚩尤って伝説上の戦いの神様ですしね。

羌瘣の記録は非常に少ないです。

紀元前229年 趙の王都 邯鄲を王翦、楊端和と共に攻める。

翌年、王翦、羌瘣が趙を落とす。

燕攻略の為、中山に駐屯する。

たったこれだけなんですよね。

しかし、邯鄲攻略という大任を王翦や楊端和と肩を並べて任されるあたり、相当な実力者である事と将軍だったのは間違いないでしょう。

更にはその後、中山に駐屯していますが、中山は燕攻略の為の重要拠点でした。

燕へ侵攻した記録は残されていませんが、燕攻略にも関わっていた事は推測されます。

美女剣士ではなかったのは残念でしたが(笑)、秦の中華統一に大きく貢献したのは間違いないようですね!

羌瘣の記録が途絶えた後から李信は歴史に名前が出てきます。

羌瘣も楊端和も信より早く将軍になっていた可能性が非常に高いですね!

 

【キングダム】架空の人物? 河了貂

飛信隊の頭脳である河了貂。

信や政とは序盤で出会います。

元は梟鳴族の生き残りで、黒卑村でその日暮らしをしていましたが、信や政と出会い行動を共にする事になります。

最初はお金目的でしたが、次第に信の助けになりたと思うようになります

信と戦争に出たくて、羌瘣に蚩尤の業を教えてもらおうとしますが断られます。

その後、羌瘣の推薦により昌平君の軍師学校に入る事になり、その天性の才能により飛信隊の軍師となります

信は成長して可愛くなった河了貂を見ても女の子と気付いていませんでしたね。

そうとう鈍感ですw

河了貂が入った事により、飛信隊は更に強力な隊となるのです。

しかも、見た目も可愛く、信のお嫁さんは河了貂?羌瘣?としばしば論争になるほどです。

映画の河了貂役は橋本環奈ちゃんでしたが、相当ハマり役ではなかったですか?w

飛信隊にも、キングダムそのものにも、なくてはならない存在ですが、

実は歴史上、河了貂の名前は出てきません

河了貂は歴史上存在していなく、キングダムのオリジナルのキャラクターという事です。

これは少しショックでした・・・

楊端和や羌瘣と同じく、実は男でした!なんてオチを想像していました。

キングダムには原先生のオリジナルキャクターが他にもいますが、起きた出来事は史実に基づいて描かれています。

という事は信のお嫁さんは実在していなかった河了貂ではない

信のモデルの李信には子孫がいますので、李信の子供を産んだ女性が必ずいるはずですが、それが誰なのかは不明なのです。

正確には名前は出てこないのです。

という事はなんとでもできちゃうのでしょうかw

今後の展開が楽しみです!

 

【キングダム】極悪人ではなかった 桓騎

キングダムでは冷酷非道の極悪人、でも戦争はめちゃくちゃ強い。

自分の部下からは相当信頼されているが、それ以外からは敵味方問わず、相当な嫌われ者です。

特に黒羊丘の戦いにおいての黒羊の住民、女、子供、老人問わず、殺して作った人アーチ・・・

確かに人の成せる所業ではありませんね。

どんな手を使ってでも勝つ。

それが桓騎のやり方なのです。

桓騎は歴史上において存在した武将です。

では史実ではその残虐性は本当だったのでしょうか?

紀元前237年将軍へ昇格する。

紀元前236年王翦、楊端和と共に鄴を攻める。

紀元前234年趙の平陽を攻めて十万人の首を斬る。

紀元前233年趙の宜安の戦いで李牧に敗れ、秦王から処刑されるのを恐れて燕に逃亡する。

一説には李牧に敗れた宜安の戦いで李牧に討たれるという記録もあるようで真実がどちらなのかはわかっていません

しかし、記録で見る限り作中で描かれているような残虐性は特に見当たりません

十万人を斬ったというのは確かに大量虐殺ですが、黒羊丘の戦いの時のような特別な非道さでもないような気がします。

なんなら麃公も韓を攻めた際、三万人を斬ったとされています。

三万人と十万人は全然違う!と言う方もいるかもしれませんが、どちらも大量虐殺ですw

あそこまでの残虐性はキングダムのオリジナルでしょう。

燕に逃亡したとされる記録には続きがあり、燕では樊於期と名乗り、秦王政の暗殺の手助けをしたとされています。

これは、桓騎が燕に逃亡した頃と、燕で樊於期が登場したのが歴史上の記録によれば同時期という事から桓騎と樊於期は同一人物なのでは?囁かれてきました。

燕に逃亡してからは桓騎の名前は一切出てこなくなりましたしね。

真実はもちろん分かりませんが、キングダムにおいては、桓騎と樊於期は既に同じ時期に登場しており、同一人物としては扱っていません。

作中で李牧から弱点を見抜かれたようですし、もしかするとキングダムではもう一つの史実、李牧に討たれる方を描くのかもしれませんね。

 

【キングダム】史実でも変わらないNo.1武将 王翦

元六将の胡傷から、その軍略の才だけで、六将に割って入れる逸材と言わしめた程の武将王翦。

自分が王になりたいという危険な野心があり、昭王の時代よりあまり表に出させてもらえませんでした。

しかしその実力は本物で、魏の山陽戦、函谷関での攻防戦など、幾度となく秦を救ってきました。

ですが、やはり危険な野心は持ち続けているようです。

朱海平原の戦いの最中に突如、軍の先頭に現れ,李牧もこれに応えるように王翦の前に現れます。

その際、なんと王翦は李牧に対して、

私と一緒に来い李牧。お前が私と組み力を貸すなら、二人で全く新しい最強の国をつくる事が出来る。

と李牧を秦ではなく、自分で造る「新しい国」に来るよう誘うのです。

この大軍を率いている総大将同士が相まみえる事でさえ異例の事ですが、相手の総大将を寝返るよう誘うのも前代未聞ですね。

っていうか有りえませんね。

いつかは秦をうらぎるのでしょうか??

王翦は歴史上において何度も名前が出てきます。

史実を知る人なら、秦の歴代の名将と言えばと聞かれたら、白起か王翦の名前を出す人が多いのではないでしょうか。

それ程王翦は活躍しています

紀元前236年趙第二の都市鄴を楊端和、桓騎と共に攻め落とす。

紀元前229年羌瘣と楊端和と共に趙の王都邯鄲を攻める。

翌年、邯鄲を落とす。

紀元前227年燕と代の連合軍を破る。

紀元前226年燕の王都薊を攻め落とす。

紀元前224年一度は引退するも、秦王政の要請を受け楚を攻め滅ぼす。

紀元前223年楚が昌平君を国王とし復活するも、王翦と蒙武の連合軍に敗北。

紀元前222年王翦、蒙武の連合軍で再び楚は滅ぶ。

秦の中華統一は王翦なくしては成し得なかったのでは?と思わせる程の活躍ぶりですね。

史実を見る限り、新しい国を造ってはいないですが、戦略の才能が有りすぎるのは確かです。

間違いなく、現在のキングダムでの秦国No.1の武将でしょう。

そう言えば、鄴攻めの出陣前に王翦が昌平君に「出陣前に一つ頼んでおきたい事がある」と言っていますね。

その内容はどういったものなのでしょうか?

王になりたいという野心に関係する事なのでしょうか?

史実に基づくのであれば、王翦が秦を裏切る事はなさそうですが、このまま素直に従っておくのも考えづらいですね。

今後の王翦はどう描かれるのか楽しみに待ちましょう!

 

まとめ

中華の物語と言えばやはり、三国志か項羽と劉邦を描いたものが多いと思います。

それは、春秋戦国時代の記録があまり無い事が理由の一つとして挙げられます。

そんな中で、実際に存在したキャラクターとオリジナルのキャラクターと織り交ぜて作られているキングダム。

原先生の想像力に今後も期待したいですね!

 

スポンサーリンク

関連記事



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です