【キングダム】秦に立ちはだかる趙三大天の李牧!史実での李牧の強さは?李牧の最期とは?

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秦が中華統一をする為に序盤で倒しておかなければいけない難敵、趙。

趙には屈強な武将が数多く存在していますが、趙が難敵たる最大の理由はやはり李牧の存在でしょう。

そんな李牧の史実での活躍、実力はどうだったのでしょう。

そして秦に滅ぼされた趙。

どのようにして李牧は負けたのか。

史実での李牧はどの様な最後を迎えたのか。

 

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【キングダム】武力を併せ持つ最強の軍師 李牧

秦が韓を攻めていた隙をついて、趙が秦に対して挙兵します。

秦は迎撃すべく総大将を元六将の王騎将軍に任命しこの戦いを託します。

秦軍有利の状況で最終局面を迎え龐煖との一騎打ちの最中、突如李牧率いる趙軍の伏兵が登場します。

王騎は伏兵が潜んでいると読んでいて伏兵が到着する前に決着を付ける作戦でしたが、李牧は王騎の読みよりも早く軍を到着させました。

伏兵の登場により秦軍は退却せざるを得なくなります。

そして王騎は龐煖に討たれて死亡しています。

この時は北方の山民族、匈奴軍10万人を滅ぼした後に参戦しており、相当な軍略家である事がわかります。

その後も燕の劇辛を討っており、合従軍を起こしています

名実共に中華の中心人物となった李牧ですが、武力においては未だ未知数です。

作中でも剣を抜いて相手と対峙したのは数回しかありません。

その数回も決して相当な武力を持ち合わせていると目に見えてわかった場面はありません。

唯一まともに相手と対峙したのは春申君との密会時に信と出会い興味本位的な感じで剣を交えただけでした。

まとい持つ武将としてのオーラがあり、秦の歴戦の武将達全員がそれを感じている為、作中では武力を兼ね備えている事は間違いありませんが、正直、史実からは軍師としての戦歴は数多く出てきますが、武力に関する記載はありません。

 

【キングダム】北方守備隊長として登場

元は北方の国境にある雁門関の長官を務めていました。

雁門は騎馬民族「匈奴」からの侵略を防ぐ最重要地点でした。

ここで李牧は徹底した守備に徹します。

守るという事は匈奴からの侵略は防げますが、同時に匈奴を討つ事も出来ないという事になります。

やがて攻めないことに不満を持つ家臣や兵士も出てきます。

そして趙中央からも攻めるよう要請がきますが、それでも李牧は徹底して守備に徹しました

 

【キングダム】一度は失脚するも復帰後圧勝

守備ばかりしていて一向に匈奴を攻めようとしない李牧を当時の趙王孝成王は雁門関長官の任を解き、新しい長官を立てます

しかし、匈奴の攻撃力は凄まじく、攻めてきた趙軍を一蹴し、逆に趙に侵攻してきました。

慌てた孝成王は再び李牧に長官に戻るよう要請します。

李牧は今後自分のやり方に口を出さず全てを任せてもらうという条件付きでこの要請を受け再び雁門関長官に就きます。

侵攻してきた匈奴に李牧は一度攻めてわざと負けます。

李牧を弱いと判断した匈奴は一気に攻めてきますが、伏兵を複数配置し左右から挟撃し、十万人規模の匈奴軍を退けました

この戦いから匈奴は李牧を恐れたのか趙を侵略しなくなったようです。

 

【キングダム】将軍に任命され秦と戦争

悼襄王の時代に入り李牧はそれまでの功績から将軍となります

作中では、王騎を討ち、劇辛を討ち合従軍を起こしています。

史実では王騎の死因ははっきりしておらず、劇辛討伐時もですが合従軍を指揮したのも龐煖です。

キングダムの李牧は結構脚色されているようです。

作中では七国がそれなりに拮抗された状態ですが、史実ではこの時代は既に秦一強だったようで、秦の猛攻をまともに跳ね返せる国は既になく、秦と六国との間には相当な戦力差があったようです。

そんな中、秦の侵攻を止める事が出来たのが、楚の項燕と趙の李牧だけでした。

李牧は侵攻を食い止めるだけではなく、秦から領地を奪い返してもいるのです。

作中では脚色されている部分も多少ありますが、史実でも李牧は秦にとって難敵だったのは間違いなかったのです。

 

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【キングダム】秦将軍桓騎を宜安の戦いで倒す

李牧の対秦国戦で有名な戦いの一つに宜安の戦いがあります。

鄴陥落から約二年後、桓騎は秦王の命により趙へ出兵し平陽を攻略します。

その時の趙兵約十万人を斬首にします。

翌年、宜安城も攻略します。

これに対し、大将軍に任命された李牧は宜安付近に陣を構えます

李牧は秦軍に補給が届いているとはいえ、長期戦は秦軍にとっては不利な状況になると確信し城壁を作り籠城します。

まさに長平の戦いで廉頗が王齕軍に対して行った作戦でした。

これに対し桓騎は李牧を誘き出す為に、肥下という城を攻め、兵士や趙民を無残な方法で惨殺しまくったのです。

味方の兵士や国民が蹂躙されれば李牧は助ける為に出て来ざるを得ないはず・・・しかし李牧は桓騎の誘いに一切乗りませんでした

いつまで経っても一向に動かない趙軍に対して本陣に残っていた桓騎軍は完全に油断してしまいます。

桓騎軍は総大将桓騎を含め大半が肥下におり、宜安に残された兵士は完全に油断している状態。

今が攻め時!

李牧は一気に宜安に攻め込みます。

虚を衝かれた桓騎は急ぎ宜安へ戻りますが、既に李牧に制圧された後でした

兵糧を置いてあった宜安城を取り戻さないと負けてしまう桓騎は無謀攻めをし敗北してしまいます。

作中でも桓騎は史実同様に李牧に敗北してしまうのでしょうが、李牧や慶舎が気づいた桓騎の弱点とは守りに弱いという事だったのでしょうか。

今後キングダムでも描かれるであろう宜安の戦いではっきりするのでしょうね。

敗北した桓騎は秦には戻らず燕へ逃亡し、そのまま表舞台から姿を消しました。

一説には樊於期と名乗り秦王暗殺に協力したとかしないとか・・・詳しい記述が残されていないのが残念です。

 

【キングダム】秦王翦との国存亡を賭けた戦いに臨む

秦は鄴を攻略してから七年後、趙の王都邯鄲を攻略し趙を滅ぼすべく、王翦、楊端和、羌瘣の連合軍が出陣します。

これに対し趙軍は李牧が司馬尚を呼び寄せ、迎撃態勢をとります

史実では信のモデルになった李信や蒙恬、王賁の名前は出てきません。

キングダムではどのように描かれるのか楽しみです。

 

【キングダム】戦争前に秦の調略にて殺害

李牧の最期はなんとも残念な結果になります。

李牧と司馬尚の守る王都邯鄲を落とすのは容易いものではありませんでした。

王翦は正面からぶつかるのではなく、ある計略を実行します。

趙の家臣、郭開を買収し、李牧と司馬尚は謀叛を企んでいると趙王に讒言させたのです。

当時の趙王は嘉太子ではなく弟の遷が十代目趙王幽繆王となっていました。

この幽繆王、暗君と呼ばれるに相応しい決断をしてしまいます。

郭開の讒言を信じ、趙国の存亡をかけた戦いの最中、李牧と司馬尚を更迭しようとします。

しかしながら李牧はこれを拒否。

従わない李牧に幽繆王は二人を殺すべく刺客を送ります

司馬尚は逃れて趙を逃亡しますが、李牧は捕らえられ暗殺されてしまいます

趙は自ら破滅の道を選んでしまったのです。

 

【キングダム】李牧亡きあと趙はすぐに滅亡

李牧、司馬尚の後を引き継いだのは趙葱顔聚という武将でしたが、李牧のいない趙は王翦の敵ではなく、あっさりと撃破されてしまいます。

そして李牧暗殺から三ヶ月後、邯鄲は陥落し幽繆王は捕らえられてしまい、趙は滅びました

 

まとめ

作中ではそれなりに脚色されている李牧ですが、最後まで秦の難敵であり続けたのは間違いなかったようです。

史実では守備の達人と言われほど、北の様々な民族の侵攻を防ぎ、秦の侵攻を防いできました。

秦一強だったこの時代、秦の侵攻を防げたのは楚の項燕と趙の李牧だけで、しかも秦の領土を奪った事があるのは李牧のみでした。

常勝桓騎を倒し、王翦さえも正攻法では勝てないと思わせた希代の名軍師李牧。

その最期は敵の刃ではなく味方の刃の前に倒れるという悲惨なものでした。

趙はとにかく王様に恵まれなかった印象が強く残ります。

八代目孝成王は長平の戦いで大将を廉頗から趙括に代えてしまい、四十万人を生き埋めにされて趙国力を低迷させてしまいました。

九代目悼襄王は李牧や龐煖を登用しているものの、廉頗から大将を剥奪し、その時の争いが元で廉頗、楽乗の両将軍が趙を離れます。

十代目幽繆王は李牧を暗殺するという愚行。

せめて嘉太子が十代目趙王になっていればと思わずにはいられませんが、それでも趙は滅んでいたのでしょうね。

それほどまでに当時の秦は強すぎたようです。

史実では李牧は味方から暗殺されてしまってます。

キングダムではどう描かれるのでしょうか。

暗殺されるのではなく、秦と最後まで戦って敗れて死亡する。

そんな最後であってほしいと思ってしまうのは私だけではないのではないでしょうか。

 

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