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【キングダム】著雍編で論功行賞を受けた武将は誰?その活躍ぶりを徹底解説!!

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勝利の戦には論功行賞が付きもの!

ということで本記事では騰軍・玉鳳隊・飛信隊を中心に行われた著雍攻略戦の論功行賞についてまとめました。

一体どんな活躍により誰がどんな褒賞を与えられたのか、著雍編のあらすじと結末を含めながら徹底解説していきます!

 

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【キングダム】著雍編のあらすじ

キングダム/©原泰久

紀元前239年、秦は魏の著雍一帯に侵攻を開始。

山陽奪取後、合従軍を機に李牧と春申君によって国境が書き変えられ、秦の中華進出の道がこの著雍で塞がれようとしていたからです。

著雍攻略の大将は将軍・騰。

対し魏軍は第一将・呉鳳明を大将として万全の態勢でこれを迎撃します。

要所を巡る両軍譲らぬ攻防は、騰が玉鳳隊と飛信隊を、呉鳳明が魏火龍七師の霊凰・紫伯・凱孟を呼び寄せ、著雍は秦魏の全面対決に発展

果たして秦軍は魏火龍七師と呉鳳明を倒し著雍を奪取できるのか、中華進出の新たな一歩を掴む戦いが始まったのでした。

 

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【キングダム】著雍編は何巻?

キングダム/©原泰久

著雍編はコミックス35巻~37巻

ただしこの戦い終了後まもなく著雍と山陽が絡んだ国動乱が始まるため、論功行賞はその合間の38巻(嬴政加冠編)で描かれています。

 

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【キングダム】著雍編での秦軍の戦略とは?

キングダム/©原泰久

著雍攻略には驚きの秘策で臨むことになりました。

それは三軍同日同時刻進軍という王賁発案の戦略です。

魏軍は呉鳳明によって、著雍の地形を利用しながら本陣を中心にして予備隊が庇い合うような隙の無い陣を敷いていました。

その僅かな弱点を突いた唯一の策がこの三軍同日同時刻進軍。

具体的には、遮蔽物によって僅かに伝達・援軍に遅れが出ると思われる三か所にそれぞれ主攻をあて、その三軍で同日同刻(三日目の昼)に魏軍本陣に突入するというものです。

主攻を任されたのは録鳴未軍・玉鳳隊・飛信隊の三軍。

最も警戒されていた騰軍は囮となり呉鳳明の目を引きつけました。

騰軍には魏火龍七師・霊凰の軍が襲い掛かり、そして玉鳳隊の道には同じく魏火龍七師の紫伯、飛信隊には凱孟が立ちはだかったのでした。

 

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【キングダム】著雍編の結末

キングダム/©原泰久

著雍の戦いは秦軍の戦略が成功し、魏軍本陣は陥落。

大将・呉鳳明は討てなかったものの、紫伯と霊凰を討ち、秦軍の勝利に終わりました

著雍を奪取した秦軍は、昌平君からの命によりそのまま著雍の要塞化を開始します。

秦魏の最前線である著雍を山陽と共に軍事都市にし、中華統一への足掛かりとするためです。

それは魏国の弱体化ひいては戦国七雄の崩壊を中華に予感させる出来事であり、秦軍も他国への侵攻を覚悟するきっかけになりました

そして著雍の要塞化は秦国各地から人を集めながら進み、移住者が送られている山陽と共に着々と大きくなっていくのでした。

 

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【キングダム】著雍編で論功行賞を受けた武将とは?

キングダム/©原泰久

著雍編で論功行賞を受けた武将は騰、信、王賁

この論功行賞で騰は、蒙武に次ぐ現秦国で2人目の大将軍に昇格しました。

信と王賁は2人揃って五千人将に昇格

また式典での授与は描かれていませんが、この論功で羌瘣も三千人将に昇格しています。

 

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【キングダム】論功行賞とは?

キングダム/©原泰久

論功行賞とは「功を論じ賞を行う」という意味で、功績の大きさに応じて褒賞を与えることを言います

この時代では主に戦でどれだけ活躍したか、戦を通じてどれほど国に貢献したかという部分が大きいですね。

作中では山陽攻略戦や合従軍との戦いの後にも描かれていますが、その戦で活躍した者への功績に応じた爵位の昇級や金や宝物、土地の授与、そして場合によっては地位の格上げが行われています。

大将軍を目指す信視点での論功行賞の注目ポイントはこの地位の格上げです。

第一功とされるのはやはり攻略や防衛の成功=戦の勝利。

なので軍を勝利へ導いた総大将(山陽編だと蒙驁)や活躍によって全軍の勝利へと引っ張った将(合従軍編だと蒙武)に与えられます。

他に重要視されているのは首級、いわゆる武功ですね。

どれだけ敵将の首を挙げたかも功を論じる対象になりますが、誰を討ったか=相手が大将や大物であるほど褒賞は大きくなるようです。

著雍でもこういった点が論功行賞に影響していました。

それでは著雍編で論功行賞を受けた各々の活躍を見ていきます。

 

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【キングダム】騰の活躍

キングダム/©原泰久

騰の功績はもちろん大将として著雍での戦いを勝利に導いたことです。

著雍での騰は中華統一を成すための秦軍の強化を見据え、信と王賁という若き才能たちの成長の場と捉えていました。

そのため策も王賁の案を採用し、主攻も玉鳳隊と飛信隊に託しています。

自身は助攻となり、魏火龍七師の霊凰軍と対峙。

王騎や摎も手こずった魏将・乱美迫を活かした霊凰の手を知っている騰は、正面から当たらずうまく躱していました。

本軍であり最大軍容を誇る騰軍が呉鳳明や霊凰軍の目を引きつけていたことも、三軍同日同時刻進軍の成功の理由の1つですね。

また、勝利後の著雍の築城と防衛戦も評価されています

 

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【キングダム】信の活躍

キングダム/©原泰久

信も著雍の築城・防衛が評価されていますが、何より大きいのは魏火龍七師・霊凰の首級です。

著雍での飛信隊は主攻の一軍として進軍。

信は三日間で2度に渡り魏火龍七師の凱孟と一騎討ちを行いました。

しかしこれは魏軍本陣が陥落したため、決着がつかないまま終了

信はその後、本陣を脱出した呉鳳明を追いかけます。

そして呉鳳明の機転により一緒にいた霊凰を呉鳳明と勘違いした信は、そのまま霊凰を両断。

人違いではありましたが、魏国随一の軍師と言われる霊凰の撃破は秦国にとって大きな戦果となりました

王賁には「鳳明との人違いで偶然あげた」「本来なら総大将の首を討ち損じたと恥ずべきところ」なんて嫌味を言われてしまいますが。

 

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【キングダム】王賁の活躍

キングダム/©原泰久

王賁の功績も魏火龍七師の撃破とその後の著雍防衛戦です。

著雍での玉鳳隊も主攻の一軍として進軍。

そして立ちはだかった魏火龍七師・紫伯軍と交戦し、王賁が紫伯と2度に渡り一騎討ちを繰り広げて紫伯を討ちました。

魏火龍七師で「槍の達人」としても名を轟かす紫伯を討ったことは、秦国にとって大きな戦果

しかも王賁は信とは違い、一騎討ちを経て正面から紫伯を倒しているんですよね。

さらに王賁は著雍攻略の作戦を描いた立役者。

そのため論功行賞では信を置いて将軍に昇格するのではないかと思われましたが、騰と昌平君の反対により五千人将に留まりました。

理由は将軍の次の立場である五千人将を経験すべき、という将軍への昇格を見据えているからこその判断ですが、少なくとも著雍戦の活躍的には王賁が信を一歩リードしています

 

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【キングダム】録鳴未の活躍

キングダム/©原泰久

作中では描かれていませんが、録鳴未も何かしらの褒賞を受けているかもしれませんね。

何故なら録鳴未も主攻の一軍として作戦を成功させているからです。

録鳴未軍の前に魏火龍七師はいませんでしたが、初日・二日目と飛信隊・玉鳳隊より出足が悪い戦いとなっていました。

しかしこれは録鳴未が計算立てた戦い方が苦手という理由と、霊凰軍に攻めこまれている騰軍の脇を守るためという理由があった様子。

「俺の軍は走り出せば止まることはない」という録鳴未は、作戦通り三日目の昼にきっちりと魏軍本陣に突入してみせたのでした。

 

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【キングダム】羌瘣の活躍

キングダム/©原泰久

羌瘣の功績は、魏軍本陣を落とし秦軍に勝利を知らせたことです。

期日の三日目になっても凱孟を抜けずにいた飛信隊は、信を囮にして羌瘣隊を魏軍本陣に向かわせるという危険を伴う策に出ました。

そして羌瘣隊は、凱孟と軍師の荀早を引きつける信隊を残し離脱。

録鳴未軍・玉鳳隊によって魏軍の連動包囲網が混乱している中、最後は羌瘣単身で魏軍本陣を急襲し呉鳳明を討ちました。

その呉鳳明は影武者でしたが、そのまま本陣に火を放つことで戦場に秦軍の勝利を知らせたのでした。

また、羌瘣が三千人将に昇格したことで、信の五千人と合わせて飛信隊は八千人隊になりました。

 

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まとめ

キングダム/©原泰久

著雍編の論功行賞では騰が大将軍に、信と王賁が五千人将に、羌瘣が三千人将に昇格しました。

騰が大将軍になったことは、王騎が目指し始めていた“嬴政の下での中華統一”に対する本気度を感じます。

また、信・王賁・羌瘣の昇格は騰の思惑通り、中華統一の道を支えるに足る若き将の台頭を感じさせるものになりました

いぜれにしても著雍編の論功行賞は、秦国が中華統一への新たなステージに立ったことを感じますので、攻略戦での活躍も含めて是非注目してください!

 

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