【キングダム】藺相如とはどんな人物?イケメンで完璧な魅力を大紹介!!

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藺相如(りんしょうじょ)は廉頗・趙奢に並ぶ趙の三大天のひとり。

秦国六大将軍に並ぶ戦国の雄として中華に名を馳せていた名将であり、『キングダム』の命題である“中華統一”について早々に捉えていた先見の明を持つ人物として注目されています

しかし作中ではすでに故人であり登場が少ないため、本記事では改めて藺相如の活躍についてまとめました。

作中から見える人物像や強さ、後世に残した言葉や史実での活躍まで詳しくご紹介していきます!

 

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【キングダム】藺相如のプロフィール

藺相如(りんしょうじょ)は趙三大天のひとり

趙三大天とは趙国が誇る3人の大将軍のことで、昭王の時代に武勇を示した秦の「六大将軍」と共に中華の天地を震わせていた趙の英傑たちです。

廉頗・趙奢・藺相如が名を連ねていましたが現在生存しているのは廉頗のみで、藺相如は『キングダム』の時代ではすでに故人。

藺相如は実力絶頂の時に突然病に伏しそのまま絶命したため「幻の三大天」とも言われている儚き大将軍であり、作中では回想シーンでのみ登場します

廉頗とは親友と言える間柄でした。

 

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【キングダム】藺相如の特徴

藺相如は黒の長髪と顎髭が特徴

下まつげが長い切れ長の目は病弱な身を感じさせず、凛々しく中華を見つめていました。

ようやくその姿が描かれた際には、昌平君や蒙恬に近いイケメンだとファンの間で話題となりました。

 

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【キングダム】藺相如の強さとは?

藺相如は李牧をもって「“智”と“勇”を兼ね備えた大将軍・大戦略家」と言われています。

作中ではその戦いぶりは描かれていませんが、三大天の称号を授かるくらいですから相応の戦歴を示していたことは間違いありません

ただ廉頗のような他を圧倒する“個の武”は持ち合わせておらず、代わりに「藺家十傑」と呼ばれる直下の将軍たちが藺相如の“武”を担っていました。

 

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【キングダム】藺相如は実在した?

『史記』に「廉頗藺相如列伝」があるように、藺相如は史実に名が残っている人物です。

藺相如はもとは趙・恵文王の宦官・繆賢(びゅうけん)の食客で、そこから大臣級まで登り詰めました。

その活躍の最たるものが秦・昭王との謁見

藺相如は作中で「2度ほど昭王に会っている」とされている通り史実でも昭王に2度会っており、その際に弁舌によって強国・秦から趙の立場を守りました。

そこで生まれたのが「完璧帰趙(完璧の語源)」と「黽池の会」という故事として残る逸話です。

藺相如は『キングダム』では三大天として名を轟かせていますが、実際は武人と言うより「政治家」「外交官」であり、どちらかと言えば武よりも口(弁舌)で国を守っていたようですね。

そのため藺相如の出世は歴戦の勇将であった廉頗からはあまりよく思われていなかったようですが、同じく故事となった「刎頸の交わり」をもって2人の間に強い絆が生まれていきました。

藺相如と廉頗の存在は列国に恐れられ、勢いのあった強国・秦ですら2人がいる間は攻めあぐねていたと言います。

しかし藺相如は病に倒れ、廉頗も老い、恵文王から孝成王の代に変わった頃、作中でも言及された「長平の戦い」が起こります。

この時、秦の策により趙軍の総大将が廉頗から趙括に変えられるわけですが、藺相如は死期が迫った病身を押して孝成王を説得しましたが聞き入れられませんでした。

そして藺相如はこの頃、作中と同じように病死したのでした。

 

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【キングダム】藺相如の側近とは?

史実では交渉力に長けた人物の藺相如ですが、『キングダム』では優れた先見の明を持っていた人物としても描かれています。

藺相如は高い洞察力と広い視野を持っており、それに加え予知夢のようなものも見ていました

その上で感じた中華の未来を託していたのが2人の側近・尭雲と趙峩龍

藺相如は尭雲と趙峩龍に「中華は一つになりたがっている。いずれ機が熟す刻が来るであろう」と中華の行く末を話していました。

さらに2人がいつの日か朱海平原で奮戦するような夢を見ていました。

そして藺相如は死に間際、その夢を打ち明けた上で「中華統一を成そうとする敵に出会った時は、お前達が背負うものすべてをぶつけて打ち砕け」と言い、その敵を止めることができなかった時は相手に「中華を一つにする刃たらんと戦うのならば、何があろうと必ず振り上げた刃は必ず最後まで振り下ろせ」と伝えるよう遺言を残したのでした。

その後、言葉通り尭雲と趙峩龍は朱海平原に立ち、藺相如の遺言を胸に秦軍の前に立ちはだかることになります。

ちなみに藺相如亡き後は尭雲が予知夢を見るようになった様子。

尭雲はカイネについての夢を見たらしく、己の命を主に捧げる覚悟の忠誠心を持つカイネを自分たちに重ね「せめて戦うのはその先まで我らに似ることがなきよう…」と、いずれカイネが李牧を失うかのような発言をしていました。

 

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【キングダム】藺家十傑とは?

尭雲と趙峩龍も「藺家十傑」のひとり。

藺家十傑は藺相如の“武”を担っていた10人の将で、いずれも個の武と屈強な精鋭兵団、大軍師・藺相如仕込みの戦術を持ち、列国の大将軍たちと渡り合っていた優秀な将軍たちです。

廉頗や六大将軍の多くが圧倒的な武を持っていたのに対し、“武”を持っていなかった藺相如の“武”を担っていたのがこの藺家十傑。

つまり藺家十傑は三大天・藺相如の武そのものなのです。

しかし藺相如が病死した後、8人は殉死するが如く無理な戦場に身を投じ壮絶に戦死。

尭雲と趙峩龍だけが戦場から離れ生き残っていました。

尭雲と趙峩龍は藺相如が息を引き取る際に戦場から駆け戻って左右の手を握っていた2人であり、先述の遺言のもと「2人にはまだ役割が残っている。(自分が亡き後も)絶対に後を追ってはならん」と託され、今日まで機を窺い生き残っていたのです。

そのため作中では尭雲と趙峩龍の戦いしか見られませんが、藺相如の武であり彼の戦術も受け継いでいた2人の軍は朱海平原の戦いで凄まじい強さを発揮しました

特に藺家十傑を束ねていた尭雲の軍は「藺相如軍の武そのもの」と言える強さを誇り、「朱海平原全体の中でも最強の武を有する」とまで言われます。

尭雲と趙峩龍は信・羌瘣・王賁・蒙恬ら秦の若き将たちに六大将軍の臭いを感じながら「主を失ってなお生きながらえたこの年月が無意味ではなかった」と奮戦。

しかし趙峩龍は信に、尭雲は王賁に討たれ、彼らに藺相如の遺言を伝えながら死亡し、ここに藺家十傑は潰えたのでした。

 

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【キングダム】藺相如と王騎の関係性とは?

藺相如はかつて馬丘の戦いの中で、王騎に中華について語ったことがあります。

それは中華の統一を匂わせるものでした。

藺相如は「戦神」と呼ばれる昭王のもと暴れまくる六大将軍を「良くも悪くも大いに無邪気」であり、その無邪気さこそが六将の強さだとしながらも「それだけでは届かぬ」と言いました。

“届かぬ”というのは藺相如曰く「中華はまだ熟しきれていない」ということ

藺相如は自分たちの重要な役目が“中華を熟させること”だと言いました。

「人は想いを紡いでいける生き物であり、俺たちはずっと繋がって生きている」

「もうずいぶん前からずっと中華は“かの日”が来るのを待っている」

自分たちの時代を俯瞰していること、激動の時代にあって中華が統一される日を見据えていることなど、藺相如が如何に思慮深い人物であったかが感じられますよね。

藺相如の言葉はその時の王騎も理解には至っていませんでした。

王騎よ、武運を祈れ。俺も祈る」と言い立ち去った藺相如。

後に藺相如は尭雲と趙峩龍に、王騎は謄ら王騎軍や信に、それぞれ想いを繋いだのでした。

 

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【キングダム】藺相如と廉頗の関係性とは?

藺相如は廉頗と親友と言える間柄

作中では詳しく描かれていませんが、史実では「刎頸の交わり」として残されています。

ざっくり言うと、藺相如をよく思っていなかった廉頗に対し、藺相如は怯え避けるふりをして趙国の内情を保っていたという話。

自分を恥と思われるようなことをしても趙を守ろうとしていた藺相如に廉頗は心を打たれ、頭を下げた廉頗に藺相如は「貴方がいてこその趙国です」とそれを許しました。

そして廉頗は「貴方になら首を刎ねられても悔いはない」と頭を誓い、藺相如も「将軍のためならば喜んで首を差し出しましょう」と応えました。

こうして藺相如と廉頗は互いに首を斬られても後悔しないような仲=刎頸の交わりの間柄となったのでした。

武の廉頗と外交の藺相如、2人が強い絆で外と内で固く趙を守っていた間、秦は趙に手出しできなかったと言います。

 

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まとめ

藺相如は三大天のひとりであり、知勇を備えた大将軍でした。

すでに故人であるため、李牧をもって「大戦略家」と言われるその実力を作中では見ることはできませんが、中華統一を見据えた先見の明を持ち、三大天として作り上げていた自分たちの時代を“繋ぐ”役目だと捉えていることから、如何に思慮深く器量の大きかった人物かが窺えます

政や信などと対話する姿も見てみたかったなと思いますが、彼の想いはしっかりと信や王賁といった若者たちに紡がれていますので、この先の信たちの活躍が藺相如の見据えていた景色と言っても良いのでしょう。

作中でも「健在であれば…」なんて言われているほど大きな存在であった藺相如は、史実でも外交官として数々の功績を残しており歴史ファンからも注目されていますので、是非史実とともに藺相如を知っていただければと思います。

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