【キングダム】馬陽(ばよう)の戦い!王騎が死亡したその戦いとは?

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キングダムの中で、趙と戦った馬陽の戦いは非常に重要な一戦です。

主人公の信が初めて飛信隊を結成した戦いでもあり、その名付け親でもある王騎が討ち死にしてしまった一戦でもあります。

王騎にとってはこの馬陽の戦いは復帰戦でもありましたが、後に飛信隊をはじめ秦国に幾度となく立ちはだかってくる李牧と龐煖という趙の傑物が現れた戦でもあります。

今回は、そんな秦国と飛信隊において重要な一戦でもある馬陽の戦いについて紹介してきます。

 

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【キングダム】馬陽(ばよう)の戦いとは?

馬陽の戦いのキッカケは、秦が韓を攻めている時に、趙が隙を狙って攻めてきたことで始まります

一気呵成に攻め入る趙に対して、秦国には総大将をつとめる人物がおらず、迎え撃つことができずにいました。

そのような中で自ら総大将に名乗り出たのが、かつて六大将軍と呼ばれ、秦の怪鳥とうたわれた王騎将軍でした。

王騎率いる秦軍は、10万の兵で相対する趙軍12万の兵に挑む形になりました。

 

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【キングダム】秦軍総大将とは?

馬陽の戦いにおいて、秦軍の総大将をつとめるのは、先ほどもふれた王騎将軍です。

当初咸陽では、今回の戦に対応できる将軍がいないことから、蒙武を総大将にする動きがありましたが、昌文君がそれを阻止します。

それは、今回の馬陽の戦いは、守りを主とした戦いであり、攻撃を得意とする蒙武では難しいと判断したからでした。

ただ、そうなると総大将をつとめる人物が秦国にはいません。

そこに現れたのが王騎将軍でした。

王騎はかつて六大将軍と呼ばれ、秦の怪鳥とうたわれていましたが、秦の前王である昭王が亡くなってからは戦場には出ておらず、戦から退いていました。

そのため今回の戦が王騎にとっては復帰戦となりました。

 

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【キングダム】趙軍総大将とは?

一方で、趙軍の総大将はしばらく明かされぬまま馬陽の戦いは進みます。

当初は李白が全体を指揮しており、総大将かとも思われましたが、後に本当の総大将が現れます。

それが龐煖です。

ただ、趙軍の総大将は龐煖がつとめていましたが、龐煖自らが指揮を取ったりするのではなく、あくまで総大将という看板のみを背負い、実際に軍を指揮していたのは李牧でした。

 

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【キングダム】王騎と龐煖(ほうけん)の関係性とは?

この龐煖と王騎には、並々ならぬ因縁がありました。

もともと馬陽は、かつての六大将軍の時代に王騎と昌文君、そして摎で奪った地ですが、そこで摎は敗れ亡くなってしまいます。

摎は女性でありながら戦いの天才とも呼ばれ、昭王の子どもでもありましたが、素性は隠しながら将軍として戦っていました。

王騎のことを好いていて、100城を落としたら妻にしてほしいと王騎と約束をしていました

その100城目が馬陽で、その摎を討ち取ったのが龐煖でした。

王騎はそのことを覚えており、龐煖が総大将として出てくることも分かっていたため、馬陽を守るため、そして摎の敵を取るために秦国の総大将として出陣しました

 

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【キングダム】飛信隊誕生

馬陽の戦い以前、信は今よりももっと強くなるために王騎を直接訪ね、弟子にしてもらうよう頼みこみます。

当初は門前払いの王騎でしたが、信の思いに対し、荒れた村を統治出来たら修行をつけると約束します。

信は、なんとか村を統治し、これから王騎に修行をつけてもらうところでしたが、そのまま馬陽の戦いとなり、戦に同行することになります。

馬陽の戦いの中では100人隊を率いるようになり、王騎から敵将の馮忌を乱戦に紛れて討つように指示されます

無謀な指示に信たちはたじろぎますが、ここで王騎はその餞別として100人隊に対して飛信隊という名を授けます

これが飛信隊誕生のキッカケになります。

 

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【キングダム】信VS馮忌(ふうき)

飛信隊は、100人隊の特性を活かし、茂みに隠れながら馮忌軍の横から風穴を開けます。

馮忌は、趙軍の中で軍師並みの戦術眼を持つ頭脳が特長の武将でしたが、前方の敵に注力していたため、飛信隊の動きには目が行っていませんでした

また、所詮100人隊なので本陣までは届かないと高を括っていましたが、最後には少人数で突破した飛信隊に捕まり、信によって討ち取られてしまいます

 

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【キングダム】信・羌瘣(きょうかい)VS龐煖(ほうけん)

馬陽の戦いの中盤、飛信隊が野営して休んでいる場所に、龐煖がいきなり現れます。

龐煖の動きは趙軍も把握しておらず、趙本陣に向かうものと思われましたが、強さの気配を感じて飛信隊のもとに訪れました。

これに対して信と羌瘣の2人で食い止めようとしますが、龐煖の強さの前に全く歯が立たず、2人とも大きなダメージを負ってしまいます

一気に全滅かと思われましたが、王騎軍の干央によって何とか難を逃れます

 

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【キングダム】蒙武(もうぶ)VS龐煖(ほうけん)

龐煖の戦地への介入によって、秦軍と趙軍の動きも入り乱れるようになった戦場で、蒙武が直接龐煖と相対します。

ここで龐煖を討てば一気に勝利につながると考えた蒙武は、龐煖に攻撃を仕掛けますが、龐煖はその攻撃を交わして逃げます

それを蒙武は追いますが、実はこれは趙が仕掛けた罠であり、蒙武が追っていた龐煖は影武者でした。

これに気づいた頃には、蒙武は四方を囲まれた状況に追いやられてしまいます

 

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【キングダム】李牧の存在

龐煖の影武者による行動や、趙が仕掛けた戦略は、一時的に総大将をつとめていた李白によるものかとも思われましたが、本当の指揮者は李白ではなく李牧でした。

李牧は、今回の馬陽の戦いをただの土地を奪う戦いとは見ておらず、本当の目的は龐煖を使って王騎を討つことにありました

 

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【キングダム】王騎VS龐煖(ほうけん)

蒙武が罠にかかってしまったこともあり、王騎は戦場において詰みに近い状況に追い込まれてしまいました

ただ、それでも将軍として最後まで一縷の望みがある限り戦うとして、龐煖との一騎討ちに出ます。

この一騎討ちは、徐々に秦軍と趙軍の戦いというものから、摎の敵討ちという戦いに変わっており、お互い死力を尽くした攻撃を仕掛け合います

 

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【キングダム】王騎は死亡した?

王騎の一撃によって徐々に攻勢は王騎に傾きかけ、あと一歩で龐煖を討ち取れるという状況でしたが、そこで趙軍は王騎の背後から弓矢を射貫きます

これによって王騎は討ち死にしてしまいました

 

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【キングダム】馬陽(ばよう)の戦いは史実に存在した?

馬陽の戦いに関しては、史実では記されておらず、キングダムのオリジナルストーリーといえます。

この前に韓を攻めたことは紀元前244年の出来事として紹介されていて、そのすぐ後に王騎が亡くなることも記されていますが、馬陽の戦いは出てきていません。

王騎の死因に関しても史実では明らかにされていません

 

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まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は、キングダムの中で非常に重要な意味を持つ、飛信隊の誕生、そして王騎の死という2つの出来事が盛り込まれた馬陽の戦いについて紹介しました。

この戦いで敗れた王騎は、最後に自身の矛を信に託し、自身の思いとともに未来へつないでいます

それが今では信も、王騎の矛をふるって戦うようにもなってきています。

王騎は無くなった後もキングダムの中で、回想など要所要所で登場してきます。

王騎の思いを胸に、今後信がどのように活躍し、天下の大将軍として上り詰めていくのか、引き続き応援しながら楽しんでいきましょう。

 

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