【約束のネバーランド】花を刺すのには意味があった!吸血植物を利用する目的は?花に込められた想いとは?

スポンサーリンク

物語の序盤でコニーやクローネの胸に刺さっていた花

今回はこの花の正体や、胸に刺す目的などについて詳しくみていきます。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】コニーやクローネに刺さっていた花

エマ達が目撃したコニーの遺体には、花が突き刺さっていました

またクローネも、死後その胸に大きな花が咲いていました

この花とは一体何なのでしょうか。

そしてどんな目的があるのでしょうか。

実は作中でその正体や目的が判明しています。

次の章から詳しく見ていきましょう。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】花の正体は吸血植物「ヴィダ」

この花の正体は、ソンジュの説明によって、吸血植物「ヴィダ」であると判明しました。

鬼の世界ではどこにでも自生しているのだそうです。

生きている人間の血を吸う植物

なかなか怖いですね。

鬼の世界にこんなものが自生しているなんて知りませんでした。

エマ達には、旅の途中で血を吸われないよう、十分気を付けてほしいです。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】花を刺すのは血抜きが目的?

食糧となる人間の胸に花を刺すのは、実用的な面でいうと、肉の血抜きが目的なのだそうです。

まだ息のあるうちに胸に吸血植物であるヴィダを刺すことで、花が血を吸ってくれるみたいです。

鬼もちゃんと肉を処理してから食べるんですね。

勝手な想像で、そのままかぶりつくものだと思っていました。

思っていたより、鬼の文化レベルが高くてびっくりです。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】「グプナ」という儀式でも花を使用

血抜きとして使われているこの花ですが、宗教的な意味もあるようです。

「グプナ」という鬼の儀式でもこの花が使われます

グプナというのは鬼の伝統的な肉の食べ方です。

鬼にも宗教的な儀式があるんですね。

約束のネバーランドの鬼は、階級があったり、宗教を持っていたりと、とにかく知能のレベルが高いです。

普通の人間と同じように、仕事をして家庭を持ったりしています。

もはや人間との違いは、食べるものくらいです。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】花が咲いたら人肉を食べてよい?

グプナという儀式では、人間の胸に花を刺します。

これには「神に糧を捧げる」という意味があります。

花が開けば神が受け取ったという証拠で、その肉を食べてもよいとされています

とても神聖な儀式のようですね。

しかし今の鬼達がこのような儀式をしているのは見たことがありません。

きっとソンジュのように、信心深い鬼達の間で代々受け継がれてきた儀式なのでしょう。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】花を刺すのは敬意の現れ?

グプナは神への感謝を表す儀式です。

それは糧となった人間への敬意なしでは成立しないものです。

まだ息のある人間の胸に花を刺すというのは、エマ達からすれば、大切な仲間をさらに苦しめる行為に見えるようで、エマは複雑な表情になります。

これに対してソンジュは、グプナは人間への敬意を表すもので、エマ達の兄弟たちもきっと苦しい思いはしていないから安心してほしい、と言います。

しかしそれを聞いてもエマの表情は複雑なまま。

エマとソンジュはお互いを尊重し、理解し合っている関係です。

しかしやはり食べる側と食べられる側。

立場が違えば、その思いが食い違う事もあるようです。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】鬼世界にもあった命への感謝

今まで人間の敵としてとらわれがちだった鬼ですが、命への感謝の気持ちをちゃんと持っていました

人間が動物の肉を食べるのと、なんら変わらないことだったということですね。

そう考えると、鬼への見方がずいぶん変わってきます。

鬼は本当にただの敵なのだろうか?

鬼もただ生きようとしてるだけなのではないか?

そんな風に考えてしまいますよね。

エマもこの事実にぶつかり、葛藤します

食べられたくない。生きたい。でも私達だって食べてきた。

そんなことに思いを巡らせるエマ―

ソンジュに呼ばれ、我に返ったエマはどこか大人びていました。

 

スポンサーリンク

【約束のネバーランド】王族のせいで敬いの心がなくなった?

グプナという儀式に見られるように、鬼が人間を狩りで手に入れていた時代は、ちゃんと命への敬意がありました

しかし約束が結ばれ、王族が農園で食用児たちを管理するようになると、命への敬意や信仰は歪められ、忘れ去られていきました

食用児が農園で大量生産されるようになってからは、食糧は与えられて当然のものになってしまい、その有難みが失われてしまったのでしょう。

神聖な行為だったはずの狩りは、一部の貴族たちの遊びとなってしまいました

なんだか現実の人間の世界を見ているようで、複雑な気持ちになります…

 

スポンサーリンク

まとめ

花を刺すのには、血抜きといった実用的な目的と、儀式のためといった宗教的な目的の2つの意味がありました

鬼にも命を敬う心があったんですね。

そういった意味では鬼と人間にはそんなに違いはないのかもしれません。

鬼と人間、お互いを尊重し合う明るい未来がくるといいなと思います。

 

スポンサーリンク

関連記事



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です