【キングダム】貝満(べいまん)とは?合従軍での戦いを徹底解説!

スポンサーリンク

合従軍の戦いにおいて、楚軍の総大将をつとめているのが汗明です。

汗明は相対する秦の蒙武と騰の連合軍に対して、楚軍を3つに分け、第一軍に臨武君、第二軍に媧燐を据えて自身はその後方の本陣に陣取っていました。

その本陣にて汗明を補佐する形でサポートしているのが、仁凹と剛摩諸と貝満です。

仁凹は知力が高い老軍師で、剛摩諸も知力が高そうな軍師兼将軍、そして貝満も剛摩諸と同じ軍師兼将軍となり、いずれも汗明を側近として支えています

今回は、そんな汗明の側近の中から貝満について紹介します。

 

スポンサーリンク

【キングダム】貝満とは?

貝満は、合従軍の戦いにおける楚の総大将である汗明の側近として登場します。

軍師兼将軍として、仁凹と剛摩諸とともに汗明を支えています

見た目は女性とも思える端正な顔立ちですが、蒙武軍相手に攻撃をしかけるように武力にも自信がありそうです。

蒙武のことを愚か者と言い放つなど勝気なところもありそうですが、軍師として汗明に進言するなど、軍略家としても側近としても他の2人とともに信頼をおかれてもいます。

貝満をはじめ、仁凹と剛摩諸の三人は、本編では今のところ函谷関の戦いにしか登場していません

 

スポンサーリンク

【キングダム】汗明軍の軍師とは?

汗明の軍には、先ほど触れた通り貝満も含め3人の軍師がいます

仁凹は、いかにもな風格の老軍師で常に汗明の近くで軍略を指揮することが多いです。

見た目は秦で呂不韋の側近をつとめる蔡沢や、山陽の戦いで廉頗将軍とともに秦を苦しめた魏の玄峰のようないで立ちです。

もう一人の剛摩諸は、貝満と同じ軍師兼将軍となり、見た目はダンディーな風貌ですが、仁凹と同様に知力が高そうでもあります。

剛摩諸と貝満は将軍でもあるため、合従軍の戦いで蒙武軍と相対した時には、汗明率いる楚軍の右翼を剛摩諸が、左翼には貝満が指揮し、中央に汗明が鎮座してその側に仁凹という配置で戦っていました。

 

スポンサーリンク

【キングダム】楚軍VS蒙武・騰連合軍

合従軍の戦いで、汗明率いる楚軍は秦の蒙武と騰が組んだ連合軍と戦います。

函谷関とは少し離れた場所で戦闘となり、楚軍の目的は、元秦の六大将軍の王騎が亡き後、その戦力がそのまま残った騰軍と、秦国において現在最大の武力を誇った蒙武の軍を打ち破り、函谷関を裏から攻略するというものでした。

この戦いが合従軍の中でも最大の戦力を誇り、秦の騰軍が3万、蒙武軍が6万の計9万の軍に対して、楚軍は15万の戦力があり、その差は6万にも及び、大国である楚にとって負けられない戦いとなりました。

 

スポンサーリンク

【キングダム】汗明軍VS蒙武軍

楚軍15万人、秦軍9万人で始まった楚軍対蒙武・騰の連合軍の戦いですが、初日に楚の第一軍の将である臨武君が討たれ、第二軍の将である媧燐に関しても騰軍や蒙恬、王賁などが踏ん張ったことで、蒙武の軍に関してはほぼ無傷の状態で維持できていました。

ただ、楚は15万の軍を3つに分けていましたが、第一軍が討たれたり、第二軍が秦軍に苦戦していたとしても、汗明軍は12万の軍勢がいました

そのため、汗明軍12万人に対して蒙武6万人という構図で戦うことになります

 

スポンサーリンク

【キングダム】斜陣がけとは?

いよいよ汗明軍に対して、ほぼ無傷の状態の蒙武軍が戦いを挑むにあたって、蒙武はまず左側の壁のところから攻勢を仕掛けました。

これには当初汗明軍の仁凹や剛摩諸、貝満ともに何も策がなく無駄だと高を括っていましたが、壁軍3,000人に対して汗明が援軍を送ったところで蒙武は動きます。

それは、横に伸びた軍を左側から順次攻撃させる斜陣がけという戦略でした。

常に自身の持つ武力をもとに愚直に正面からの突破を主な攻撃としていた蒙武から、斜陣がけという戦略を用いた攻撃が繰り出されたため、汗明はじめ楚軍は驚きます。

これは秦の味方ですら驚く攻撃でした。

この斜陣がけを蒙武に進言したのは秦の軍総司令官の昌平君でした。

昌平君は、合従軍の戦いが始まる前に、普段より小手先の戦略が嫌いな蒙武に対し、楚の力の強大さを伝えるとともに必ず斜陣がけが必要になるとして、蒙武にこの策を授けました。

蒙武も今までであれば、いくら昌平君に進言されたとしても策を講じることはなかったのかもしれませんが、騰との話や王騎の死を踏まえ、自身に思うところがあり、もう一つ上のレベルに成長するべく策を用いて戦いに勝つことを選んだように思われます。

 

スポンサーリンク

【キングダム】斜陣がけに貝満が取った策とは?

蒙武の斜陣がけによって左から攻撃を受けた汗明軍でしたが、さらに蒙武は第二軍による斜陣がけを仕掛けます。

これによって汗明軍の両端を攻撃されたため、楚軍の右側を剛摩諸が、左側を貝満が担って斜陣がけの勢いを止めようとします

貝満も剛摩諸も将軍としての力も強く、それぞれの軍によって蒙武が仕掛けた斜陣がけが止まります

 

スポンサーリンク

【キングダム】結末

斜陣がけが貝満と剛摩諸によって止められた蒙武でしたが、狙いは他にありました。

第一軍と第二軍による斜陣がけによって楚軍の意識が左右に集中したために中央が開くことになります。

汗明が陣取る中央の道が見えたところで蒙武は一気に攻勢にでます。

貝満と剛摩諸は左右に足止めとなっているため汗明の護衛に向かうことができません

これによって蒙武と汗明は一騎打ちの戦いになります。

この一騎打ちの戦いにおいて、互いの武力を尽くして戦いますが、どちらも力は互角で決着がつきません。

そこに、媧燐が念のため雑踏に紛れて蒙武を討つように刺客を放ちます。

これに気づいた蒙恬は刺客を食い止めるために後を追いますが、その中で蒙武と汗明の一騎打ちの場に入ってしまいます。

邪魔だてした蒙恬を斬りつける汗明でしたが、その隙を見逃さなかった蒙武が汗明を討ち取ることに成功します。

汗明を倒したことで、蒙武の側近達も歓喜の声を上げ、その異常な程の歓声は各戦場に響き渡り、合従軍の秦攻略の失敗に大きな影響を与えました

 

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は、合従軍の戦いにおいて一番の難敵であった大国楚の大将軍である汗明について、側で支える貝満をはじめとした軍師からの目線も含めて紹介しました。

汗明は蒙武に討たれてしまいましたが、貝満や仁凹、剛摩諸については函谷関の戦いにおいて討ち取られた描写はありません

その後本編でも出てきていませんが、誰か他の将についているか、自身で軍を起こしているかもしれません。

彼らの今後にも期待しましょう。

 

スポンサーリンク

関連記事



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です